2020年3月25日水曜日

揺らぎ 推敲 25


7章 揺らぎと心の臨床

この章では、私が専門とする精神分析や心理療法と揺らぎの関係について論じる。精神分析の世界ではここ230年ほどの間にとても大きな動きが起きている。それがいわゆる「ツーパーソン・サイコロジー」ないしは関係精神分析の流れである。そしてこの流れが、心を揺らぎとして捉えるという見方と軌を一にしているのである。
フロイトが一世紀以上前に創出した精神分析は、心を理解して治療を行う上できわめて大きな影響力を発揮した。1900年代になって次々と生まれた精神療法はいずれもこのフロイトの精神分析をヒントにしたり、それを改良したりしたものだったのである。しかしそれはいずれも一方向性の治療法という性質を有していた。つまりそれは治療者が患者の話を聞き、そこに表れた病理や問題を理解し、伝える、介入するという形を取っていたのである。その意味で、問題を持った患者という一人の人間を相手にする「ワンパースン・サイコロジー」と呼ぶべきものだった。そしてそこで行われる治療は、たとえ一瞬ではあれ時間を止め、治療者が患者をフリーズさせ、顕微鏡で覗いて分析し観察する、というニュアンスを持っていたのである。
このワンパースン・サイコロジーは、正確さや客観性を担保するアプローチと言えたが、それには実は大きな問題があった。身体に問題を抱えていたり、脳に問題を抱えていたりする場合には、そのようなアプローチで問題がないわけだが、心を扱う心理療法では、患者と治療者の関わり方そのものが患者にとって大きな影響を与えることが明らかになってきたからだ。
いまや数多くの精神分析家が異口同音に唱えていることがある。それは治療関係はそれを構成する二人(ツーパーソン)相互の力動的な関係性により成り立つということだ。それがツーパーソン・サイコロジーというわけだが、それは専門的な表現を用いるならば「相互互恵的影響mutual reciprocal influence」 であり、Stephen Mitchell, Robert Stolorow, Jessica Benjaminなど現代をリードする精神分析家が皆一致して提唱しているものである(Wallin,2007。そしてこれはある意味では揺らぎの精神療法、心理療法とも言えるというのが私の考えである。
 David J. Wallin, DJ (2007). Attachment in Psychotherapy. The Guilford Press津島豊美() (2011) 愛着と精神療法. 星和書店.