2019年11月12日火曜日

コラムは揺らいでいる 4


この脳波の同期という現象は、実は私たちがある事柄について深く理解する際にきわめて重要な役割を演じる。たとえばAさんについて知るということはAさんの姿、特に顔のつくり、声の質、話し方、Aさんと交わした会話、Aさんから聞いた過去の生い立ちなどをすぐに思い出せることを意味する。そしてそれはそれらの記憶や表象が容易に同期化しやすい、共鳴しやすい、ということを意味する。それだからこそAさんという名前や表情を思い出すことで一気に興奮し、容易に結び付けられるようになる。
その際、たとえばBさんという他人の情報はそこに加わりにくいようにできているのであろう。それはAさんについての神経細胞が興奮するときにはむしろ抑制され、同期化されないという仕組みを脳が備えているはずだ。さもないとAさんとBさんとの混同が常に起きてしまうことになる。
しかしこの脳波の同期という問題にも揺らぎが関与する。例えばAさんについての情報で自分に自信が持てないものについてはどうか。Aさんの子供時代についてのある逸話を聞いた気がするが、それはもしかしたらBさんの話だったかもしれないという様な内容だ。つまりAさんについての同期化しやすいネットワークの周辺には、同期化するかどうかについてファジーで曖昧なネットワークが存在する。それはAさんについて思い出している時になんとなく同期する様子を示すが、それはやや曖昧で、今度はBさんについての様々なことを思い浮かべた際もなんとなく同期する様子を示す。この様にある事柄についてのネットワークの周辺には、かなりファジーで曖昧な部分を従えていることになる。
この様に考えると、「わかる」ということと同期化がより理解しやすいであろう。物事をより深く理解することとは、Xというテーマに関わっているさまざまな記憶や表象が一気に結びつくことを意味する。それにくらべてXについてよくわからないという状態は、Xに関連すること、結び付けられることとして記憶されたはずの事柄がなかなか同期化しづらいという現象が生じているということを意味する。たとえばXに関係していると言われるY理論は、たとえばXだからYなのだ、という納得のいく理屈があることで容易にそれに媒介されて共鳴、同期化するようになる。ところがZ理論に関しては、XだからZなのだ、という理屈が納得が行かない(つまりはその理解が脳に定着しない)ためにXと同期しづらいという事情があり、X,Y,Zが深く結びついて成立しているという体験を持つことが出来ないため、X理論が今ひとつわからない、という体験を生むのである。