2018年12月27日木曜日

解離の本 64


(資料またはコラム) 文化結合症候群と黒幕人格
ここで精神医学的な症候群として知られる「アモク」という病気について紹介したい。これは人が突然気が狂ったように暴力的な行動を示し、その後正気に戻り、自分がしたことを何も覚えていないという状態をさす。その暴力は通常は無差別に行われ、突進やものを拾って投げつけるという、通常のその人からは考えられないレベルのものであることが多い。私はこれまで黒幕人格の行動について述べてきたが、突然の黒幕さんの出現や暴力的な行為のパターンはこのアモクという状態を思い起こさせ、またおそらく両者に共通する点は多いものと思われる。そこでこの病態について示しておくことに意味があるとかなえたわけである。
実はアモクに類する病気は、一種の風土病のように世界各地に存在することが知られてきた。それらは「文化結合症候群」と呼ばれるものの主要部分を占める。ただしこの文化結合症候群というタームは少しヘンな言葉だ。原語は cultural-bound syndrome であり、本来は(特有の)「文化に根ざした症候群」ということであり、いわゆる「風土病」と呼ばれるものに近い。
アモクはマレーシアに特有のものとされるが、同様の症候群が世界の各地に見られる。北海道のアイヌのイム、ジャワ島などのラタ (latah) 東南アジアコロ (koro)南米ススト (susto)、北米インディアンウィンディゴ (windigo)、エスキモーピブロクト (piblokto) などが挙げられる。私がこの中でもアモックについて述べるのは、ごく単純に running amuk という英語表現の存在のためだ。「気が狂う」という意味で「アモクっちゃう running amuk」という言い方が日常的になされるということは、英語圏の人は一番この言葉になじみが多いであろうからだ。(ただし同じ意味で、気がふれることを「イムる」と表現したとしたら、解離性障害を持つ人々に対する差別的な響きを含んでしまい、私はこれは断じて許せない。しかしアメリカの口語表現として「アモクる」が定着しているので、一応日本語での表現は許されると考える。
アモクの特徴は先ほど述べたが、同じウィキのページには次のようにさらっと説明されている。「マレーシアアモクは男性に多く、激しい悲しみや侮辱を受けたことをきっかけに周囲から引きこもり、物思いにふけったような状態となる。その後突然に武器を手にして外へ飛出し、無差別殺傷を起こし本人も自殺を企てる。正常に戻ると、殺傷していたときの記憶は失っている。」(下線は岡野が施した。実は公刊されているDSM-5の日本版から、アモクの説明文を借用としたが、なんとDSM-5には文化結合症候群の記載がないことを今になって知った。)
これを読む限り、アモクには何らかの「心因」が想定されているようだ (下線部分)。しかし同じように悲しみや侮辱を受けた人がよりによってこのような反応を示すことはきわめて例外的だろう。たいていは自棄酒を飲んだり、鬱になったり、という反応を示しても、無差別的な暴力を振るってしかもそれを覚えていない、というような事件を起こすことは通常はありえない。だからこれらはきっかけではあっても原因とはいえない。またこれらが「文化結合・・・」と呼ばれるのは、それぞれの固有の文化により原因として異なる説明がなされるからだ。アモクの場合は「hantu belian(なんと発音するかわからず)という「トラの悪魔」が憑依した状態と説明される。そしてインドネシアではこれにより生じたとされる攻撃については目をつぶるという文化があるというのだ (以上、英語版 Wiki ”running amok”の項を参考にした)。おそらく裁判官は「犯行は許しがたいものだ。ただしこれがアモクにより生じ、被告はまったくそのことを覚えていないため、執行猶予をつける」みたいなことになっていたのだろう。
ちなみに日本のアイヌ民族に見られる「イム」だと、貞淑な淑女がトッコニ(マムシをさす)やビッキ(蛙をさす)とささやかれると突然発狂して暴力的になるとされる(記憶のみ。あとで確かめる)。つまりそのような言い伝えがある、というインプットがその人の頭にまず最初にあって、あとはそれに従った症状を示すということがおきる。そもそもイムという状態を知らないでイムの症状を示すことは難しいというわけだ。ここら辺がいかにも解離的なのだ。
文化結合症候群の説明を読んでいてしばしば出会うのが、これらの症状を示す人はもともとは表向きは非常に従順で、規範を重んじる人たちであるという表現だ。いや、表向きどころか、実際にそうなのであろう。そしてだからこそ彼らの通常の人格にはない部分が別人格を形成していて、それがふとしたきっかけで表に出ると考えるべきなのだろう。そしてそれはその文化で「~のような人がなる」(イムの場合には、貞淑な女性が忌み嫌われるものをささやかれた場合)という刷り込みをあらかじめ受け、後はそのプロフィールに合致した黒幕的な人格が静かに成立していて、やがてきっかけを得て出現すると説明されるのだ。
もうひとつ重要な点は、これらの文化結合症候群を提示する文化はおそらくまだ発達途上国であり、さまざまなタブーや抑圧が存在する環境であろうということである。そこでは不満や攻撃性や怒りは、その表現を文化という装置により抑えられていた可能性がある。だから現代社会ではアモクやラターやイムの存在する環境は少なくなっているのである。
その意味では黒幕人格はおそらくイムやアモック的な由来を持つ可能性があり、それは他の典型的な交代人格とは異なる出自を有する可能性である。黒幕さんが顔なしである理由はそこらへんにもあるかもしれない。