第10章
解離の病理としてのBPD
初出:柴山雅俊、松本雅彦編:解離の病理―自己・世界・時代 岩崎学術出版社 2012年
前章で論じた通り、境界性パーソナリティ障害(borderline personality disorder, 以下、BPD)という概念は精神分析に由来するものであった。そして最近それとの関連がしばしば論じられているのが、解離性障害、特に解離性同一性障害(dissociative
identity disorder, 以下、DID)である。こちらの解離の方は、精神分析の本流からは長い間距離が置かれていたが、近年ようやく分析的な解離理論が語られるようになってきているという事情がある。このBPDもDIDも、いずれもが精神疾患として認められ、精神分析の場面に患者として登場する可能性が大きい以上、この両者の関係を整理しておくことは大切である。ただしこの両者の関係は複雑であり、また学会での定説も確立していない。しかしそれを前提の上で言えば、BPDとDIDは、その病態としては、ある意味では正反対なものとして捉えるべきであるというのが私の立場である。
ちなみに欧米の文献は、最近では両者の深い関連性を強調する傾向にある。もともとは両者は基本的に別物と考えられ、特別比較されることはなかった。しかし近年はDIDとBPDは同類であるという主張、あるいはBPDと解離性障害は全体としてトラウマ関連障害としてまとめあげられるべきであるという意見、そしてBPDに特有の機制とされるスプリッティングは解離の一種であるという主張が見られるのである。さらにはDIDの72%がBPDの診断を満たすという疫学的なデータも報告されている(Sar,
et al 2006)。私自身の臨床からも、解離性障害とBPDが混同されやすい傾向は感じており、また両者の病理が混在しているようなケースに出会い戸惑うこともまれではない。そのためこのテーマは本書で章を設けて論じる価値があるものと考える。
1.従来の文献から
解離性障害、特にDIDとBPDとの比較について、私自身はかつて何度か論じたことがある。そこでは対照表を作るまでしてDIDとBPDの違いを強調してある。
そもそもBPDと解離症状との深い関連性については、米国の精神医学の世界ではいわば公認されている。DSM-5(American
Psychiatric Association,2013)のBPDの診断基準の第9項目には「一過性のストレス関連性の被害念慮または重篤な解離症状」(傍点強調は岡野)が掲げられているからである。ただしこの項目を満たすことはBPDの診断の必要条件ではない。つまり解離症状を伴わないBPDも当然あることになる。
この解離症状をDIDとBPDの第一の接点とした場合、それ以外にも両者には二つの接点が考えられる。それらはスプリッティングの機制、そしてリストカット等の自傷行為である。結論から言えば、以上の三つの特徴はBPDとDIDの両者に共通して見られることが多いが、スプリッティングにより分裂排除された心的内容が、投影や外在化により外に排出されるか否かにより、両者の臨床的な現れ方は全く異なる形をとると考えられるのだ。
精神病様症状と解離
BPDの症例においてしばしば、神経症レベルより重篤な病態を思わせる症状が見られることは、従来から論じられて来た。米国でBPDの概念が提唱されるようになった1940~50年代は、精神疾患に対する精神分析の応用が様々に試みられたが、一見神経症圏にある患者が、カウチの上で退行を起こして関係被害念慮や異なる自我状態の出現や、離人、非現実体験等の所見を見せることがしばしば報告されるようになった。後の見地からはそれらは解離性の症状として理解が可能であるが、当時はそれらは「精神病様症状 psychotic-like
symptoms」として扱われた。つまり統合失調症に見られるような症状に類似するという意味である。これは当時主流であった精神医学が、解離の概念をその語彙としては事実上持たなかったためである。実際Adolf
Sternや Robert Knight、Otto
Kernberg などの BPD に関する主要文献は、「解離」や「(性的)外傷」についての記述はほぼ皆無であった (Stone, 1986)。この事情を理解するためには、BPD の概念が生まれた背景を理解しなくてはならない。BPD の概念は前世紀の前半に精神分析的な土壌で生まれたが、そこでは自我の機能レベルを神経症水準と精神病水準に大別する伝統があった。そもそも BPD の「境界borderline」も、その患者が両者の境界線上に存在するという理解を反映していたのである。そしてその概念が形成されるうえで、解離の概念が入り込む隙は事実上なかったのだ。
やがて1970年代になり、精神科領域における外傷理論が盛んになったが、それとともに従来の BPD の「精神病様症状」も解離性の症状として捉え直されるようになった。それはBPDそのものを外傷性の障害として捉える動きとも連動していた。なぜならすでに解離性症状は疫学的に外傷との関連が論じられつつあったからである。BPD の中核的な症状の中に解離症状を見出すことは、BPD を PTSD などの外傷関連疾患と同列に扱うことが出来るという可能性を同時に示唆していたのだ。そしてそこで抽出されることになった解離症状の多くは、かつて精神病様症状として理解されたものと、事実上同じものだったのである。先ほど述べた DSM-IVの BPD の第9項目はそのような背景で生まれたことになる。ただしその中の「一過性の被害念慮」については、解離性障害における訴えとしては典型的とはいえず、むしろ後述のスプリッティングの機制と関連しているものと考えられる。以上を多少なりとも図式化するならば、以下のようになろう。
従来記載されてきた BPD の精神病様症状
⇒ 解離性症状+被害念慮
(本章は以下省略)
次の章も少し書きなおした。
スペクトラムという考え
そこで私は精神療法の強度のスペクトラムという考えを提示したいと思う。要するに精神療法には、密度の濃いものから、薄いものまで様々なものがあ、るが、どれも精神療法には違いないという考え方である。私と一緒にやはり30分セッションをしていただいている7人の心理士さんたちの気持ちも代弁しているつもりである。
このスペクトラムには、一方の極に、フロイトが行っていた「週6回」があり、他方の極に、おそらく私が精神療法と呼べるであろうと考える最も頻度の低いケース、つまり「3ヶ月に一度15分」が来る。大部分の精神療法はこの両極の間のどこかに属することになる。その横軸を、仮に精神療法の「強度」とでも呼ぼう。一番左端はフロイトの週6回50分の強度10の精神分析である。通常の週4回50分は、強度8くらいだろうか。週一回は強度4くらいになるだろう。右端には、私の患者Aさんのケースが来るだろうから、これを強度0.5としよう。(フロイトは、なぜ週6回会うのかと問われて「だって日曜日はさすがに教会に行く日だから会えないだろう」と答えたと言われる。つまりフロイトにしてみれば週7回が本来の在り方だったのかもしれない。それを強度10とするならば、週4回は強度8くらいにしておかなくてはならない。)
私が言いたいのは、強度は違っても、それぞれが精神療法だということだ。その強度を決めるのは、経済的な事情であったり、治療者の時間的な余裕であったりする。患者の側のニーズもあるだろう。一セッション3000円なら毎週可能でも、一セッション6000円のカウンセリングでは二週に一度が精いっぱいだという方は実に多いものだ。あるいは仕事や学校を頻繁に休むことが出来ずに二週に一度になってしまう人もいる。その場合二週に一度になるのは、その人のせいとは言えないであろうし、二週に一度なら意味がないから来なくていいです、というのも高飛車だと思う。
私は週4回のケースを持っているし、週5回の分析を受けたこともあるので、この場でこのスペクトラムを話す権利を得ていると言ってもいいだろう。そうでなければ「週4回のセッションを実際に受けたり、行ったりしないで、何が言えるのだ!」と言われてしまうだろう。私はもともとバリバリの精神分析志向の人間であったし、分析のトレーニング中に特別発注の、当時2000ドルしたカウチも所有しているくらいなのである。
このスペクトラムの特徴をいくつか挙げておこう。おそらくその強度に関しては、一般的な意味では時間的な頻度が低下するにつれて弱まって行く。ただしそれはあくまでもなだらかな弱まり方である。つまり、私はたとえば週に4回と3回で、あるいは週1回と二週間に一度で、あるいは週一回のセッションが45分と35分とで、その間に越えられないような敷居があるとは思えない。前者を行うか後者を行うかで、私のメンタリティーに本質的な違いはないし、後者であったもそこには決まった設定、治療構造のようなものが保たれていると考えている。私は精神分析は週4回以上、ないしは精神療法なら週1回以上、という敷居は多分に人工的なものだと思う。そうではなくて、左から右に移行するにしたがって、強度が低まり、それだけ治療は、ほかの条件が同じならその効果は一般的に薄れていくだろう。やっていて物足りないと思うし、いわゆる「深いかかわり」は起きる頻度も少なくなっていくだろう。それはそうだ。何しろ四輪駆動が軽になるわけだから。しかし繰り返すが、軽でも行ける旅はあるのである。
このスペクトラムのもう一つの特徴としては、これがあくまでも治療構造上の、いわば形式上の「強度」についてのものであり、実際には週四回でも実質的には弱い治療もあれば、二週に一度でも非常に強い治療もありうるということだ。週5回でも6回でも、非常に退屈で代わり映えのないセッションの連続でありえる。藤山直樹先生はその退屈さに耐えることが大事だとおっしゃると思うが、それは少しぜいたくな話かな、とも思う。頻回に会う関係は、しかしその親密さを必ずしも保証しない。一部夫婦の関係を見ればわかるであろう。毎日数時間顔を合わせることで、逆にコミュニケーションそのものが死んでしまうこともあるわけだ。逆に二週に一度30分でも強烈で、リカバリーに二週間かかるということはありうるだろう。そのセッションで探索的、あるいは一種の暴露療法的なことが行われた時にはありうることだ。治療者のアクが強い場合もそうかもしれない。
あるいは極端な話、一度きりの出会い、このスペクトラムで言えば0.01くらいの強度に位置するはずの体験が、一生を左右したりする。そのようなことが生じるからこそ精神療法の体験は醍醐味があるわけで、週一度50分以外は分析ではない、という議論は極端なのだ。私の知っているラカン派の治療を受けている人は、20分くらいのセッションが終わってから「あとで戻ってきてください。もう一セッションやりましょう」などと言われそうだ。一日2度、一回二十分という構造など、このスペクトラムのどこにも書き入れる事が出来ない。それでもある社会では治療として成立しているということが、このスペクトラム的な考えを持たざるを得ない根拠となる。
このスペクトラムのもう一つの特徴についてついでに申せば、これには幾つかの座標があり、その意味では一次元的ではないということだ。そもそも治療構造のあらゆる要素について、スペクトラムが考えられる。これまでに話した頻度の問題はその一例に過ぎないし、他にはセッション一回当たりの時間の問題もある。これも、はてはダブルセッションの90分から、5分~3分まで広がっていると考えられるだろう。さらには開始時間の正確さということのスペクトラムもある。これもご存知の方はいらっしゃると思うが、精神科医療には、患者さんの到着時間ファクターがある。到着時間がいつも早い人もいれば、遅い人もいる。そして医師の診察が先か、心理面接が先かというファクターがある。たとえば医師が心理面接の開始5分前に、例えば心理面接の始まる3時ちょうどの5分前に、とりあえず患者さんに会っておこう、と思い立つ。そのあとの予定の混み具合を考えておくと、今あいた時間を有効に使いたいと思うからだ。もちろんギリギリ3時までには心理士さんにバトンタッチできるという算段だ。ところがそこで薬の処方の変更に手間取り、自立支援の書類が持ち出され、あるいは自殺念慮の話になり、とても5分では終わらなくなる。心理士としては医師のせいで遅れて開始された心理療法を、定刻に終わらせるわけにはいかない。3時~3時半の予定のセッションが3時10分に始まった場合、それを3時半で切り上げるわけにはいかなくなる。こうして構造を守る上では起きてはならないはずの開始時間のずれが、治療者の側の都合で実際には起きてしまうことがある。そして治療構造のこの不確定さ(治療枠の「緩さ」)れもまたスペクトラムの一つの軸となりえる。さらには治療者の疲れ具合、朝のセッションか午後のセッションか、など数え上げればきりがないほどのファクターがそこに含まれる。
それ以外にもたとえば料金の問題がある。一回2万円のセッションから、保険を使った通院精神療法まで。あるいは一回1000円のコントロールケース(精神分析のトレーニング中のケース)だってあり得るだろう。治療者がどの程度自己開示を厳密に控えるか、だってスペクトラムがあり得る。ある治療者は事故でけがをして松葉づえをついて患者を迎い入れましたが、その理由を一切語らない事があります。しかし他方では少し風邪気味なだけで、「風邪をひいて少し声がおかしくて聞きづらいかもしれません」という治療者だっているかもしれない。この様に治療におけるスペクトラムは多次元的だが、大体どこかに収まっていてそれが一定であることで、治療構造が守られているという実感を、治療者も患者も持つことが出来るだろう。
スペクトラムの中での柔構造
―ある心の動かし方
さて私は精神科医として、そして精神分析家として、結局かなりケースバイケースで治療を行っている。そして強度のスペクトラムの中で、強度8から0.5まで揺れ動いているところがある。これはある意味では由々しきことかもしれない。「精神療法には構造が一番大事なのだ」。これを私は小此木先生から口を酸っぱくして言われていた。でも私はこれをいつも守っているつもりなのだ。ある意味では内在化されていると言ってもいいかもしれない。というのも私は結局はどの強度であっても、一定の心の動かし方をしていると思うからだ。そして私はそれを精神分析的と考えている。ここでの私の「分析的」、と言うのは内在化された治療構造を守りつつ、逆転移に注意を払いつつ、患者のベネフィットを最も大切なものとして扱うということにつきる。それが私の「心の動かし方」の本質である。その心の動かし方それ自体が構造であるという感覚があるので、外的な構造についてはそれほど気にならないのかもしれない。
「ある心の動かし方」はそれ自体がある種の構造を提供しているという側面があるという話をした。その心の動かし方にはある種の構造がビルトインされている。だから時間の長さ、セッションの間隔は比較的自由に、それも患者さんの都合により変えることができる。それでも構造は提供されるのだ。ただし実はその構造を厳密に守ることではなく、それがときに破られ、また修復されるというところに治療の醍醐味があるのだ。そのニュアンスをお伝えするために一つの比喩を考えた。
私は先ほど治療的柔構造のことをボクシングのリングのようなものだと表現した。がっちり決まった、例えば何曜日の何時から50分、という構造を考えると、それは相撲の土俵のようなものだ。その中で様々な押し合いが生じても、一方の足がちょっとでも土俵の外に出るだけであっという間に勝負がつく。その俵が伸び縮みすることはない。ところがボクシングのリングは伸び縮みをする。治療時間が終わったあとも30秒長く続くセッションは、ロープがすこし引っ張られた状態である。そして時間が過ぎるにしたがってロープはより強く反発してくる。すると「大変、こんなに時間が過ぎてしまいました!」ということで結局セッションは終了になる。
このようにロープ自体は多少伸び縮みするわけだが、リング自体はやはりしっかりとした構造と言える。そしてその中で決まった3分間、15ラウンドの試合を行うというボクシングの試合は、かなり構造化されたものである。そして、本来治療とはむしろこのボクシングのリングのようなもの、柔構造的なものだ、というのが私の主張であった。
しかし「心の動かし方自体が柔構造的だ」という場合は、ここで新たな比喩が考えられる。同じボクシングの比喩であるが、コーチにミットでパンチを受けてもらう、ミット受け、ないしミット打ちという練習である。
ボクシングの選手はミットで受けてほしい、とコーチのもとにやってくる。コーチはミットを差し出して選手のパンチを受ける。ひとしきり終わると、「有難うございました。ではまた」と選手は帰っていく。ここにも大まかな構造はあるのだ。どのくらいの頻度でミット受けをしてもらうかは、選手ごとに異なるであろう。一時間みっちり必要かもしれないし、5分でいつもの感覚を取り戻すかもしれない。しかしここにもだいたい構造はあるだろう。それこそ月、水、金の5時ごろから30分ほど、とか。さもないと二人とも予定が合せられないからだ。あるいは一方が他方の時間があくのを待ち続けるという非常に効率の悪い事態が生じる。
さてミット受けが始まると、選手はコーチがいつもと同じようなミットの出し方をして、いつもと同じような強さで受けてくれることを期待する。場所はあまり定まっていないかもしれない。その時空いているリングを使うかもしれないし、ジムが混んでいるときはその片隅かも知れない。夏は室内が暑いから外の駐車場に出て、風を浴びながらひとしきりやるかもしれない。その時選手とコーチはお互いに何かを感じあっている。コーチは今選手がどんなコンディションかを、受けるパンチの一つ一つで感じ取ることができるだろう。選手はコーチのグラブの絶妙な出し方に誘われて自在にパンチを繰り出せるようになるのであろうが、時にはコーチは自分にどのようなパンチを出して欲しいかが読み取れたりするかもしれない。その意味ではミット打ちは選手とコーチのコミュニケーションと意味合いを持っている。
このミット打ちの比喩が面白いのは、選手とコーチの間の一方向性があり、それが精神療法の一方向性とかなり似ていると言うことだ。コーチがいきなりグラブを突き出してきて選手にパンチを繰り出すようなことはない。コーチは自分がボクシングの腕を磨くためにミット打ちを引き受けるわけではないからだ。だからいつも選手のパンチを受ける役回りです。いつも安定していて、選手の力を引き出すようなグラブの出し方をするはずだ。その目的は常に、選手の力を向上させるためである。あるいは試合前に緊張している選手の気持ちをほぐすため、という意味だってあるだろう。なんだか考えれば考えるほど精神療法と似てきて面白い。