ひどい雪の東京だったが、無事関西に戻ってこられた。こんな雪を毎日体験している日本海側の人々は大変だろう。何しろ東京では、「積雪のおそれ」などとまるで怖いものであるかのように予報をしているのだから。極端な乾燥地帯で、「大変だ、明日雨が降るかもしれない。曇ってきたら、すぐ屋外に退避するように。」などと言うようなものだろうか。
愛着理論の歴史とその発展
これまでに発生論の中にも後の愛着理論と深いつながりを持つものがあることが示された。ここで John Bowlby や Spitz らによりその基礎が築かれていた愛着理論そのものについて振り返っておきたい。愛着理論は彼らの貢献により、精神分析の歴史の初期には生まれていた。それは言うまでもなくフロイト自身の著作から多くの着想を得ていた (Emde, 1988)。しかしそれにもかかわらず、精神分析の歴史の中では、愛着理論は長い間傍流として扱われていた。これは精神分析理論の多くが乳幼児期の心性を扱っていたことを考えるならば、実に不思議なことと言うべきであろう。そのひとつの理由は、愛着理論がフロイトや Klein の分析的なモテルを基盤とはせずに、独自の理論を打ち出したからと言えるだろう。Bowlby は乳幼児を直接観察し、その実証データを集めることから出発した。それは分析理論に基づいた発生論的観点、すなわち幼児の内的世界を想定し、理論化した Klein や Anna Freud とは全く異なるものであった。彼女たちがフロイトの欲動論を所与としていたのに対し、Bowlby は実際の乳幼児のあり様から出発した。そこには愛着理論の提唱者が一貫して表明する傾向にある、一種の反精神分析的な姿勢が見られる。例えば Bowlby はかなり舌鋒鋭く以下のような批判を行っていた。
「精神分析の伝統の中には、ファンタジーに焦点を当て、子供の現実の生活体験からは焦点をはずすという傾向がある。」(Bowlby, 1988, p.100) この批判は現在の関係精神分析の論者の言葉とも重なるといえよう。すでに見た精神分析的な発生論は、現在ではやや時代遅れの感を否めない。しかしそれに比べて愛着理論は関係精神分析において今後の議論の発展が最も期待される分野のひとつである。2007年には“Attachment: New Directions in Psychotherapy and
Relational Psychoanalysis”(愛着:精神療法と関係精神分析における新しい方向性)という学術誌の第一号が発刊となった。まさに関係精神分析と愛着理論との融合を象徴するような学術誌であるが、その第一号に寄稿した Peter Fonagy が熱く語っているのは、愛着に関する研究の分野の進展であり、それの臨床への応用可能性である(White, K., Schwartz, J. (2007)。Fonagy は最近は特徴的な愛着を示す幼児とその母親についての画像技術を用いた研究が進められていることを伝えている。Bowlby の生誕100年に発刊されたこの学術誌は、研究と臨床とをつなごうとする彼の強い意思を現代において体現しているといえる。
20世紀後半になり、愛着研究においては英国でBowlby に学んだ Mary Ainsworth が画期的な実証研究を行ない、Mary Main や Robert Emde がその研究を継承してひとつの潮流を形成するに至ったと言えるであろう。しかしなぜ愛着理論は精神分析の本流とも言うべき諸理論からはいまだに一定の距離を保ったままであるとの観を抱かせるのだろうか?
Bowlby,
J. (1988). On knowing what you’re not
supposed to know and feeling what you’re not
supposed to feel. In: A Secure Base (pp. 99–118).
London: Routledge.
以下に愛着理論の発展を「愛着と精神療法」(Wallin,
2007)を参考に簡単に追ってみたい。愛着理論の金字塔としては、なんといっても Bowlby と Mary Ainsworth の二人三脚による有名なストレンジシチュエーション(以下「SS」と表記する)の研究が挙げられる。このSSにおいては、子供を実験室に招き入れ、親が出て行き子供が残された部屋にいきなり他人が侵入するという、まさに「見知らぬ状況」を設定する。そしてストレスにさらされた子供が示すさまざまな反応についての分類を行う。Ainsworth は以下の三つの分類を行った。それらは不安-回避(Aタイプ)、安全(Bタイプ)、不安-両面感情ないし抵抗(Cタイプ)と呼ばれる。そして彼女の後継者 Mary Main は、成人愛着面接(AAI)に関する研究を行ったが、それは「愛着研究における第2の革命」と呼ばれるものである。これにより親は自分自身の親との関係に関する成育史を表現することになるのだ。ここできわめて注目すべきなのは、親のAAIによる分類が、子供のSSの分類が安定型か不安定型かを75パーセントの確率で予見するということを実証したことであろう。また Main が Judith Solomon とともにもう一つ新たに発見して提唱したのが、後に述べるタイプDである(Main, M., & Solomon, J. ,1986)。
Main に続いて登場したのが前出の Fonagy である。彼の理論は Bowlby や Main との個人的なつながりを通して形成されていった。そして愛着理論とメンタライゼーション、間主観性理論や関係性理論との関連を築いたのも彼の重要な功績である。
愛着理論から見た病態の理解
成人における愛着のタイプについては、Bartholomew & Horowitz (1991)の研究が広く知られている。彼らは,
“Secure”, “Anxious–preoccupied”, “Dismissive–avoidant”,“Fearful–avoidant”という分類を提案し、日本語では「安定型」、「とらわれ型」、「拒絶型」、「恐れ型」と言い表されている(加藤、1998)。
「愛着軽視型」の患者とは、強迫や自己愛およびスキゾイドからなる連続体の一部に対して、愛着理論から診断名を与えたものといえる。これはさらに「価値下げ型」、「理想化型」、「コントロール型」に分かれ、それぞれ治療者に対する異なるかかわり方を示すという。また「とらわれ型」の患者は、「愛着軽視型」とは対極にある患者として理解される。この「とらわれ型」の患者は「感じることはできても対処ができない人々」と形容され、演技性、境界性パーソナリティ障害に対応する。そしてこのタイプの患者との治療的なかかわりについて考える際には、関係性理論、マインドフルネス、共感等の様々な議論が有用である。さらに「未解決型」の患者は、成育史において外傷を経験し、その解決に至っていない人々である。その治療の際には患者の安全への恐れを克服し、外傷を言葉にすることを促し、マインドフルネスとメンタライゼーションを主要なツールとして用いると記されている。