2017年1月31日火曜日

錬金術 ①

まえがき

本書は私がこれまでで一番書きたったことをまとめたものである。
何が人を動かすか? What makes a human being tick ?
人を見ながら、そして自分を見ながら「どうしてこんなことをするんだろう?」と素朴に思いをめぐらす。そんなことを私は物心つくころからいつも考えていたと思う。心を扱う仕事についてからもずっとそうである。私は治療者としての一言に相手が喜び、失望し、いらだつことを感じながら、そのことを問い続ける。ある薬を投与し始めてから顔色が急によくなり、話し方が違ってくるのを見て驚く。若者がある書を読んで突然発奮して夢を追い始めるのを見て考え込む。そしていつも行き着くのは、「快、不快」の問題である。
私たちの脳の奥に、ある大事なセンターがあり、それは「快感中枢」とも「報酬系」とも呼ばれている。そこがある意味では人の言動の「すべて」を決めている。心身の最終的な舵取りに携わるのが、このセンターだ。
報酬系はもちろん人間にのみ存在するわけではない。おそらく生命体の最も基本的な形である単細胞生物にも、その原型はあるのだろう。しかしそれはおそらくドーパミンという物質が媒介となることにより始めてその正式な形を成す。たとえば原始的な生物である線虫の一種は、脳とはいえないほどシンプルな神経系を備えているが、そこにはすでに数十の細胞からなるドーパミンシステムが見られる。線虫(本書では「Cエレ君」の名前で登場する)は快感を覚えてそれに向かって行動しているのだ!
人を、あるいは生き物を快、不快という観点から考えることはおそるべき単純化といわれかねない。しかしそれでこそ見えてくる問題もある。私たちが行う言語活動は、ことごとく快を求め、苦痛を避ける行動を正当化するための道具というニュアンスがあるのだ。そう考えることで私たちは私たち自身を一度は裸にすることが出来るのだ。その意味では本書が示す考えは、精神を扱うどのような理論に沿って考えていても、いったんその枠組みから離れ、より基本的な視点から捉えなおすことが出来るものと考える。
本書を御一読いただくことで人の心を考える上での一つの視点を取り入れていただければ幸いである。                  著者