2016年5月5日木曜日

嘘 2 ⑪

自己欺瞞の例④
まだまだ分からない。もう一つの例。
ある50代の母親が、20代後半の息子の引きこもり状態に悩んでいる。といっても彼は自宅に引きこもっているのではなく、自身のアパートから出られない状態だ。2年前にようやく生活保護を受けてアパートを借りるというところまで行った。母親は大学を出て会社勤務を数か月しただけで出社拒否になった息子の将来を誰よりも気にかけている。今は友達ともすっかり遠ざかり、寂しい思いをしつつゲーム三昧の息子。私や夫が死んだあとは、彼を世話する人はいるのだろうか?
 ところがある日、息子あての葉書が舞い込む。どうやら息子の高校時代の同級生のようだ。「○○君 (息子の名前) お久しぶり。この間高校の同窓会であなたの話になりました。急に懐かしくなりましたが、あいにく住所しかわかりません。まだ同じところに住んでいるかと思い、葉書を出します。もしよろしかったらメールででもお返事をいただけますか?」

母親はそこに書かれた女性の名前を何となく憶えている。まだ社交的だった高校時代の息子が、そのころ友達付き合いをしていたクラスメートの女性だ。一度写真を見せてもらったことがあるが、愛らしくて素敵な女性だと感じるとともに、強烈な不安と嫉妬を感じたのを覚えている。息子は特に深い関係ではないと聞いてほっとしたし、実際そうだったのだろう。だからその女性は電話番号も知らなかったのだ。でも自宅の住所だけは探り当てたらしい。
母親は少し考えた末に、その葉書を破り捨てる。「それは一人ぼっちの息子にとってはこの葉書はうれしいかも知れない。でも彼に一番大事なのは、まずは仕事を見つけて独り立ちをすること。異性に興味を持っている場合じゃないわ。」息子にはもちろんこの葉書のことは伝えないつもりだ。そしてつぶやく。「こうするのも彼のためを思ってだわ。」
この場合母親の自己欺瞞は、息子にこの葉書を届けたくない真の理由が、「息子の独立を一刻も早く願う」ことであると信じ、「息子をこの若い女性に奪われたくないから」という隠された理由を押し殺していたとしよう。これも自己欺瞞だ。
なんだかこれ以上例を挙げても同じ気がする。これらの例に共通しているのは何か?心の一部は、自分が嘘をついていることを知っている。①では本当は相手に会いたくないのに、体調のせいにしていること。②では本当は自分が娘にピアノを習わせたかったのに、娘がそれを積極的に臨んだ、と思い込んでいること。③ではAさんがBさんを鍛えるため、といいながら本当は自分が社長と対決することを回避していること。④は母親が息子に仕事探しに専念してほしいから、という口実で、実は自分の嫉妬心から、娘と女性との付き合いの芽を摘んでしまったこと。