いわゆるTNTパラダイム
心は不快なことを本当に忘れる力があるのか?実はこのテーマは簡単なようでいて、とても難しいことだ。だから現代の実験心理学ではひとつの流行のテーマでもある。それはいわゆるTNT問題(think/not think paradigm、考える・考えないパラダイム) と呼ばれ、多くの研究がある。この研究では、被験者を集め、ある事柄に結び付けられた無関係の別の言葉を記憶してもらう。空―靴、城―虹、などという風に。それをたくさん覚えてもらうのだ。すると「空」と聞いたら、「靴」、と浮かぶようになる。ここまでが第一段階。そして次にその言葉を与えられたときに、そのいくつかについては、わざと想起しないように指示するのである。たとえば「城」と聞いたら、それが何に対応していたかを思い出さないように、被検者に指示するのだ。これが第二段階。そして第三段階としては、その訓練をした結果、被験者は、想起しないように訓練された単語対は、それ以外より、より思い出せなくなるのか、結び付けられた別の言葉を想起しなくなるのか、それとも変わらないのか、という研究をすることになる。
この研究の結論として得られたのは、考えまいとしたことは、より多く忘れられていったということだ。フロイトの抑制の理論はその意味ではおおむね正しかったと言えなくもない。
これについてはわが国の研究者の業績もある。(松田崇志(2008)「記憶の抑制に対する効果的な方略の検討 Think/no-Think
パラダイムを用いて」人間社会環境研究 15号、2008・3 189~197.)ところがこの研究は、忘れようとして被験者がどのように涙ぐましい努力をしているかが描かれているのだ。私はそれを読んでびっくりした。彼らは最初の単語が示されたとき、それに関連した別の単語を思い出さないようにするために、別のことに意識を集中させたり、最初の単語から連想されるものを考えるなりして、つまり「ほかのことを考える」ことで無理やり考えないようにしていたのである。しかしこれは果たして自然に「忘れる」ことなのだろうか?この問題もとっておこう。