ガイドラインは続いて入院治療についての説明に入る。「DIDの治療は主として外来治療で行う、たとえトラウマの素材を取り扱う時でさえ」、とある。それはそうだろう。今のアメリカでは精神科に入院することは、ハーバードのメディカルスクールに入るより大変だといううわさもあるほどだから。しかし入院が必要になるのは、自傷他害の恐れが高くなったり、PTSDの症状が極めて深刻な場合であるという。入院の目的としては、現在の不安定化を招いている事態(たとえば家族間の葛藤、深刻な喪失体験など)を同定し、それを改善してもとの外来による治療を再開できるようにするためのものであるという。
「現在の保険医療の事情を考えた場合、入院治療は短期間を余儀なくされ、その目的も安全の提供や危機管理、症状の安定化に限られる。」「しかし長期の入院の期間が経済的その他の理由で可能であれば、注意深く外傷記憶を扱ったり、攻撃的ないしは自己破壊的な交代人格を扱うこともできるだろう。」「トラウマや解離性障害を治療するような特別の病棟があった場合にはなおのこと、治療効果を発揮するであろう。」
私がこの種のガイドラインを読むことの不快感は、それがあまりに「彼らの事情」で書かれているからだ。私はアメリカに長くいたが(もう聞きあきたぞ! いい加減にしろ!)反米的なところがあるから、この種の事にも反応してしまう。「現在の保険医療の事情を考えた場合」って、アメリカの事だろう?カナダだって日本だって事情はずっとましだぞ、と言いたい。確かにアメリカにわたって最初に驚いたのが、入院にかかる医療費がいかに高額であるか、ということだった。1980年代ですでに、日本円にして一泊15万~20万というレベルだったのである。しかもそれが有名なメニンガークリニックだけでなく、市中の総合病院の精神科病棟でもあまり変わらなかったのである。これでは保険を使っていないと入院できない。それでもよく保険会社がそれだけのお金を出すものだと思っていたら、1990年代になると、保険会社がそれに対する支払いを渋るようになり、見る見るうちに入院期間は短期になって行った。それでもトラウマや解離時代の到来とともに、各地にもトラウマ病棟、MPD病棟なるものが出来たが、そのうち一般病棟に統合せざるを得なくなった。というのも入院期間がそれまでの数カ月から数週間、2週間、と短縮されていったからだ。トラウマ病棟と銘打って患者を集めて、特別のスタッフを配置して、というやり方が意味を持っていたのは、入院期間が数週間は許されており、そこで何らかの意味のある治療が成立している時代だった。そのうち入院が3日間、などというのが通常になってくると、精神科の入院は「一時的な自傷他害の恐れ」のため取りあえず隔離する、以外の何物でもなくなってしまった。