2013年9月4日水曜日

トラウマ記憶の科学(1)

ということで今日から新しい話題だ。
ちょっと大げさなタイトルだが、トラウマ記憶をめぐる知見は、実は大きな進歩を遂げている。そこには脳科学の進歩が関係しているといっていい。1990年代までは、トラウマ記憶に関してはある常識が成立していた。それは「トラウマ記憶は一生消えない」というものである。私たちは一般に脳で生じたことは容易には変更の仕様がないという先入観を持っている。そうしてとくに記憶についてはそうだ。誰もが(かつて私もそうだったが)記憶というのは一種の刻印であり、例えて言えば磁気テープの上に記された一定のパターンのようなものであり、記憶を再生するとはそこをなぞるようなものという考えを持っていた。おそらく今でも私たちの9割以上はそうだろう。)
 もちろん記憶は一般には徐々に薄れていく。「消去Extinction」という現象だ。(あれ違ったかな?後で確かめよう。)嫌なこともいいことも忘れていく。どこまで忘れていたかも忘れていく。例えば「一年前に自分は昔のことをこんな風に書いていた。あれからしばらく経った今では、その頃のことを思い出せない」という風に。まあ記憶が風化する、という現象と考えればいい。 ところがトラウマ記憶は違う。しっかり刻印されてしまい、それが証拠にフラッシュバックの形でかなりの詳細まで再生されてしまう。だからトラウマ記憶は厄介なのだ、などと考えていた。
 ともあれ消去という現象とを考えたとしても記憶をめぐる「常識」は同じだった。それは一種の刻印であり、トラウマ記憶でなければ徐々に薄くなっていく(忘れていく)。刻印自体は受け身的に再生されるだけである・・・・・。
 これを大きく変えたのが、最近の記憶に関する新しい知見だった。アメリカのマサチューセッツ総合病院のロジャー・ピットマン医師は、トラウマの体験を持った患者にある薬物を投与することで、そのトラウマ記憶が定着するのを抑制することができた、と発表した。2002年のことである。

実はこのピットマンの2012年の論文(全文)が、タダでネットでダウンロードできるぞ!これを読みながら書き進めよう!http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1755-5949.2010.00227.x/abstract