2013年9月11日水曜日

トラウマ記憶の科学(8)

本書で次に出てくるTさん(30代前半の男性)の話も紹介しよう。こちらはどれほど説得力があるだろうか? 彼は仕事をしても続かず、ガールフレンドを得ても二か月と持たずに愛想をつかされてしまうという。「自分はどうせ何をやってもダメなんです。」と自暴自棄なことを言う。面接では色々聞いて行くうちにまたもや父親の話が出てきた。彼の父親はTさんを小さい頃から一度も褒めたことがなく、愛情のかけらも注いでくれなかったという。「私が人生で上手く行ってしまえば困るんです。父親が私をちゃんと育てたことになりますからね。」治療者はTさんに言って見る。「目の前にお父さんを思い浮かべて下さい。そして『父さん、僕は仕事がうまく行っていて、今度サラリーをあげてもらうことになりましたよ』って言って御覧なさい。」
それを聞いてTさんは「すごく嫌な感じがします。というより緊張します。そんなことは言えませんよ。彼が父親としてうまく育ててくれたことを示すことになっちゃいます。」という。治療者は「ということは、あなたがいかにダメ人間かを示すことで、自分がいかに育て方を間違っていたかを理解させたいというわけですね。」 Tさん:「ふーん、そういうわけか。」 ここで治療者は大事なことを指摘する。「でもTさん。あなたはお父さんに期待しているというわけだ。あなたがいかにダメ人間になったかを示すことで、お父さんは心から反省し改心して『俺はダメな父親だった。スマまなかった』とあなたに謝るということを、あなたは期待しているんでしょう?」そこでTさんは意外そうな顔をする。
結局セラピストはTに次のようなセンテンスを言ってもらうことになった。「私の父は自分の過ちを正直に認めて謝るような人です。●ァック!!
治療ではこの「父親はろくでなしだ」という言葉と「父は正直ものだ」という言葉のミスマッチが、そしてそれが隣同士に置かれていることjuxtaposition が治療の決め手となる。つまりろくでなしの父親、という頭にしみついた思考がいったんグラグラになり、別のものになって再固定化するというプロセスが可能になるというのだ。うーん。まだ納得していないぞ。