岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist
精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる
2026年3月16日月曜日
バウンダリーとその侵犯の歴史 14
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しかし精神分析的な治療関係においては、治療者がプライバシーを持ち込むことは、「それが患者にとって何らかの意味で助けになる限りにおいて」である。つまり実際は患者の側は治療者の個人的なことは聞きたくないかもしれないという可能性も考えて、むやみに伝えないことを原則とするのだ。 ...
2026年3月15日日曜日
バウンダリーとその侵犯の歴史 13
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実は告白するが、この論文は全く進んでいない。今の私の一番の気がかりはこのことだ。締め切りは4月の後半だが、このままだと単なるエッセイか、自分自身の著書(治療的柔構造)一冊しか引用文献のない出来損ないの論文になってしまう。はっきり言って…執筆を引き受けるべきではなかった。こ...
2026年3月14日土曜日
バウンダリーとその侵犯の歴史 12
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古き良き時代はこうではなかっただろう。いい加減、別の意味で柔構造的だったはずだ。昔の物々交換の時代に、隣人といつもニワトリ一羽と袋一杯のジャガイモとを交換していたとしよう。あなたはジャガイモ畑の所有者の方だ。するとある日「今日の鶏はちょっと小ぶりだな」とか「今日のジャガイモ...
2026年3月13日金曜日
バウンダリーとその侵犯の歴史 11
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この話、私が予想していなかった方向に向かっている。「治療構造をしっかり定めるからこそ、それをめぐる力動がわかるんだよ」とは、小此木先生が私が新人の頃に言っていたことだ。しかし治療構造を厳密に守ることの意味を疑い始めていた生意気な私は「それは建前でしょ?」と思っていた。「い...
2026年3月12日木曜日
共感とその限界 3
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最後に 最後に今日の発表の内容を簡単にまとめておこう。 この発表では、いわゆる支持的療法の現在の立ち位置について述べた。この問題は当センターの皆さんが週一回かそれ以下の頻度の精神療法を日々行っている場合が多いため、それだけ重要な問題であろうと考え、テーマとして選んだもので...
2026年3月11日水曜日
バウンダリーとその侵犯の歴史 10
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「治療的柔構造」の概念を作った大野裕先生との対談(岡野 (2008)「治療的柔構造」の最終章)で彼が語っている例が面白い。彼は教育分析を受けていた時、日本から帰ってきたばかりで時差ボケでセッションをすっぽかしてしまったことがあったという。大野先生は「自分が無意識的に示している...
2026年3月10日火曜日
バウンダリーとその侵犯の歴史 9
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さて米国に移り体験したことは、簡単には言えないが、精神分析の構造や境界は、そこにしっかり引かれていながら、しばしば平気で破られているという現実であった。「境界は破られてナンボのもの」というところがある(誤解を受けやすいが)。そのことへの疑問が後の「治療的柔構造」の概念に繋が...
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