ある書評の続きを書いている。
それにしても本書の構成は旨くできている。著者は彼の人生の上での様々な場面で遭遇した問題について書いているわけではない。彼は大卒後初めて務めた職場で、比較的短期間の間に一連の経験を持ち、それらにより大きな方針転換を迫られ、結局臨床心理の道に向かうことになったのだ。つまりそれらの期間は数年に限られ、同じ職場でいわば定点観測のようにして体験したことを抽出し、回顧する形を取っているのだ。そしてそれらの体験は同じトーンを帯び、それらが全体として著者の人生のかじ取りに手を貸したのだ。
その著者のおかれた境遇では、何人かの上司や同僚が、著者に様々な現実を突き付けてくるのであるが、彼らは決して社会人としての表向きの品行方正な姿を見せるのではない。ある意味では一番本音をぶつけやすい後輩の立場にある著者に対して、かなり無遠慮に、裏側の顔を見せる。彼らは目の前の新人が将来心理士となり、自分達を本に登場させるなどとは夢にも思わなかっただろう。その意味では著者の視点は自然観察を行う動物生態学者のそれに似ている。
その意味では著者は心についての学徒としてまたとない機会を得られたことになる。そして普通なら一種の社会勉強と考えて受け流し、そのうち忘れてしまうような先輩の言動に深く考え込み、そこに将来の自分を重ねる。そう、彼はある意味では心理士になる前からすでにすぐれた心の観察者としての資質を存分に発揮していたのだ。