2022年3月2日水曜日

他者性 その29 神経ネットワークの付加部分

 心とは神経ネットワークである

本章では本書でテーマとなっている「他者性」にどのような生物学的な裏付けがあるのか、そしてDIDにおいて交代人格が成立する際にそれがどの様な実体を持っているのかについて考える。ただしもちろんそれは大変難しいテーマでもある。心とは何か、それが脳の組織とどのように関係しているかは、様々な仮説は存在していても、基本的には極めて難しい問題である。

いわゆる Neural correlates of consciousness ( NCC) という言葉がある。これは日本語に訳すならば「意識に相関した神経活動」となり、要するに意識が働いている時に脳で活動している神経組織という事である。DNAの発見者の一人であり、その後心と脳の研究に進んだ Francis Crick と神経学者 Christof Koch による概念である(Crick and Koch, 1990)。意識活動は、最小の神経メカニズムとして抽出できるのではないかという考えである。

Crick F and Koch C (1990) Towards a neurobiological theory of consciousness. Seminars in Neuroscience Vol.2, 263-275.

そしてそこで基本となっている考え方は、神経ネットワークという考え方だ。脳や中枢神経系は膨大な数のニューロン(神経細胞)が網目状に繋がったものであり、脳や心はそれを基盤にして出来上がっているというモデルである。もともとこの神経ネットワークという概念自体が、生物の神経系を観察した結果として生まれたのであるから、これは当然の話と言えるだろう。
 実はこの神経ネットワークという概念自体はかなり古いものであるが、あまり脚光を浴びてこなかった。しかしそれが最近になって急に注目されるようになったのは、いわゆる深層学習 deep learning の成果である。それによりこれまでは到底コンピューターで太刀打ちすることなどできなかった囲碁や将棋と言った複雑なゲームが、あっという間に人間の力を超えて行ってしまったことは人々を驚愕させた。

従来の神経ネットワークに back propagation 誤差逆伝播などによるフィードバックループを備え、自動学習をさせるという事で、神経ネットワークは瞬く間にとてつもない学習を行うことが分かったのである。それまでは一つ一つ問題を出してそれを正解するか否かという事で内部の素子の重みづけを変えていった、いわば手動式の学習ではなく、自動学習をさせることで驚異的な学習能力を備えたAIは、実は動物や人間の脳が学習するプロセスを模していたのだ。

さて人間の脳は巨大な神経ネットワークと考えることが出来る。それは例えば大脳皮質、小脳、扁桃体、視床、大脳基底核・・・・などの様々な部位に分かれているが、基本的にはどの部分も神経ネットワークである。あとはそれらがケーブルで繋がっているのだ。そこで脳全体を一つの神経ネットワークとして見た場合に、意識を成立させ人間の活動を可能にしている最小単位のネットワークを考えることはできないか?その様なアイデアを形にしたのが、いわゆるダイナミックコア仮説である。