甘えの相互性の成立を阻む要素
一つは乳児からの微笑みに代表される愛情表現や愛情希求が存在しない場合が考えられないであろうか?これは具体的には乳児の側に神経発達障害的な問題が存在する場合が考えられる。自閉症の子を持つ親の体験としては、いくら努力をしても子供が親からの接触や情緒表現の受け取りを忌避するという悩みが聞かれることがある。
無論この相互性の成立を阻む因子としては、母親側のそれを考えることもできる。母親の慢性的な精神疾患や身体疾患、ないしは物理的な不在はそもそも乳児が微笑みを向けるべき対象の情緒的、物理的な不在を意味するのである。
甘えの相互性の維持を阻む要素
以上述べた甘えの相互性の不成立は客観的にみても観察しやすく、その影響も乳児の情緒発達や身体的な発育の遅延や発達上のランドマークの未達成などの形で顕在化されやすいであろう。それに比べてより見えにくく、またそのためにその影響が比較的長く続くのが、この甘えの相互性の維持を阻む要素が存在する場合である。
その一つとして私があげるのが母親の側の甘えの願望が子供の甘えの願望を凌駕する場合である。言うまでもなく乳児の段階では自らの生理的情緒的欲求が満たされるかは母親次第である。ある意味では乳児は受け身的である一方で、母親は乳児の生殺与奪の権を握っている。乳児は母親から与えられるものを全面的に吸収して成長していくことになる。
この時期には母親はその母性本能に従い乳児のケアを行い、自分の存在の子にとっての重要さを感じ取り、それが生きがいとなる場合もあるだろう。しかし子供が徐々に成長し、自らの自立性を獲得し、母親と自分とが異なる存在であることを自覚していくにつれ、母親はそれに不全感や不安を感じるかもしれない。子供が必ずしも自分の全面的なコントロール下になく、時には自分に反抗し、また自分以外の存在に対しても精神的依存を発揮することが母親の自己愛的な傷付きを生む場合にはこの問題はより顕著になるだろう。
母娘の関係の複雑さを生む一つの大きな契機は、娘が自らを女性と見なし、女性として自立する段階で母親の羨望を刺激するというプロセスである。そこに母親の側の過干渉やコントロール過剰の傾向が事態をより悪化させるのである。