2026年4月22日水曜日

甘えの相互性 3

 「受け身的対象愛」、「一次愛」との関連

 以上の経緯から土居は1957年にそれまでの臨床経験をもとにして初めて甘え概念を日本精神神経学会で発表したという。つまりこの年が甘え理論の正式な誕生の年ということになる。(ただし土居自身の示す文献では、1956年に書かれた短いエッセイがそれに先んじる事になる。)そして上で述べた甘え理論の受け身性(ないしは能動的な受け身性)の本質がより明瞭に表されるのは、土居が この愛と受け身性に関する Sandor Ferenczi や Michael Balint の分析的な概念と甘えとの関連性にいち早く注目したことである。土居は1959年にハンガリー出身の精神分析家マイケル・バリントの「最初の愛と精神分析技法」に出会ったという。これは上記の甘え理論のデビューのわずか二年後である。そしてその中に出てくる「受身的対象愛」という概念が「まさに甘えに他ならない」(土居)ことを知ったのだという。上述の受け身性はまさに、このバリントの概念に文字通りに込められていたことになるのだ。そしてそれから3年後の1962年からバリントと文通し、土居の考えに賛同をもらったとある(土居、1978、1990)。

土居健郎 (1956) 甘えること. 愛着心理 75号(創元医学新書「精神分析」所収)
土居健郎 (1960)「神経質の精神病理-特にとらわれの精神力学について. 精神神経誌. 60: 733₋744.
土居健郎 (1978) (まえがき)バリントと私 (マイケル・バリント著 中井久夫訳「治療論から見た退行」1978 年. 金剛出版。)(土居健郎 (1990) 甘えさまざま. 弘文堂.にも所収)

ただしこの「受身的対象愛」という概念はより正確にはバリントの師匠であるシャンドール・フェレンツィにより「タラッサ」において唱えられたものである。先ずバリントは以下のように言う。

「私はいつも、どこでも、あらゆる仕方で、私の全身を、私の全存在を、すこしの批判も、私の少しの努力も必要とせずに愛されたい。これがすべてのエロティックな営みの最終の目標である。このことは一生続き、多くの人はこれをかなりオープンに認める。しかし大多数を占める他の人々はこの『受け身的な対象愛』の目標を回り道をすることでしか得られない。」 そして受け身的対象愛について次のように言い表す。 「問題となっている人は愛するのではなく、愛されることを望む。この受け身的な願望は確かに性的でリビドー的である。この願望が環境により充足されることへの願望は、絶対的に問題ではなく、時にはそれが生死がかかっているかのように激しいエネルギーの表出により表現される。」(Primary Love, P48)  後に Balint はこれを primary love と言い換え、土居はこれを「最初の愛」「根本愛」などと訳したのだ。