2026年1月10日土曜日

PDの精神療法  新たに書き直し 5

 2)自己愛性PD

自己愛性PD(以下、NPD)の患者はその性質上、自発的に精神療法を求めることは多くはなく、しばしば他の精神疾患に伴う形で治療場面に表れることが多い。しかし自己愛の問題を抱える患者は多く、その治療論に関する歴史的な経緯を知っておくことは重要であろう。
 NPDに対する精神療法的アプローチはBPDの治療理論と歩調を合わせる形で発展した。1970年代よりHeinz Kohut (1971) Kernberg (1975) がそれぞれかなり異なる治療論を提出して論争となった。Kohut は自己愛を本質的に健全なものと考え、患者が幼少時に親から十分な共感を得られなかったことによる「自己の断片化」がその病理につながると考えた。そして治療者が患者の体験の肯定的な側面により多くの注意を払い、共感的なアプローチの重要さを強調した。また治療の目標は適切な「自己対象」を見出す助けとなることであると考えた。
 それに対してKernberg は患者の示す理想化をスプリッティングを伴う防衛とみなし、患者が有する貪欲さと要求がましさに注目し、それらに対する直面化の重要性を説いた。Kohutと異なり、Kernberg はむしろ患者の示す否定的な側面への直面化を重視することになる。
 このようにKohut と Kernberg はやや対照的な治療論を展開したが、現実の治療ではこれらのいずれかに偏ることなく、患者の言葉に耳を傾け、転移と逆転移の発展を観察し、その時々の介入に対する患者の反応に注目しながら治療を進めていくべきであろう(Gabbard, 2014)。なおNPDの治療に関してもメンタライゼーションの見地からの治療の有効性が示されている。(Ritter K, Dziobek I, Preibler S, et al 2011, Choi-Kain, LW. Sebastian Simonsen,S et al: 2022)
なお岡野は自己愛の問題が人間社会に偏在し、それがPDというよりは一つの現象として状況依存的に個人により発揮されるという視点を示した(恥と自己愛トラウマ 岩崎学術出版社 2014)

3)発達障害に関連したPD

 ここではASD(自閉スペクトラム障害)を典型的な形でではなく、あくまでも傾向として有する患者について述べる。ASD傾向は一般のPDにも頻繁にみられ、筆者はBPDの患者が持つ他罰性や他者の気持ちを理解することの難しさにはしばしばこの問題が関与していると考えている。上述のBPDに対するMBTによるアプローチにも同様の患者理解が反映されているといってよいであろう。患者の示す独特の関心や確信、思考行動パターンは、それを強制することではなく、それが対人関係に及ぼす影響を共に考えるという文脈で取り上げるべきである。
 内海は発達障害への治療的な関りに関し、いくつかの留意事項をあげている。それは患者の固有の世界やその発達経路を尊重することであり、その治療の目標も定型者としての振る舞いへの強制ではないこと、そしてその意味でも治療が逆に害をなしてはならないことをあげ、治療があくまでも患者のそして自己価値の低下を修復することをあげる。

内海健(2015)自閉症スペクトラムの精神病理 星をつぐ人たちのために 医学書院 

4)CPTSDに関連したパーソナリティ傾向

 近年では幼少時のトラウマがPDのスペクトラムの根本に存在しているとも言われる(Lanius, et al、2010 ショア書評本の435)それに関連して近年ICD-11(2022)に記載されたCPTSDの診断基準に従うならば、PTSD症状と共にいわゆる自己組織化の障害(Disturbance of Self-Organization、以下DSO)、すなわち感情のコントロールの困難さ、否定的な自己概念、対人関係の困難さが診断基準として挙げられている。これらはPDに準ずるものと見なすこともできよう。CPTSDの治療アプローチとして我が国に紹介されたものを二つ紹介しておく。
 ピート・ウォーカーPete Walker は自身がCPTSDの体験を持つ立場から、CPTSDは単なる「反応」ではなく、持続的な対人侵害や見捨てられ体験(すなわち「アタッチメントの不全」、幼少期の不安定なケア経験が人間関係の学習機会そのものを奪った影響)を反映した習慣性の反応として理解されるべきだとする。そしてウォーカーは、CPTSDの回復において安全な治療関係(安全基地の提供), 感情フラッシュバックの理解と管理などを重視する。またCPTSD特有の emotional flashbacks(感情的フラッシュバック)は、過去の関係パターンに侵されるように現在の生活に現れるとし、それを自覚し、距離を置き、対応スキルへとつなげることが治療の中心となる。
この療法においてはただ認知を変えるだけでなく、患者の身体感覚・情動体験を統合し、自分自身を取り戻すプロセスが中核にあり、実際のスキルとしてはジャーナリング、呼吸や緩和技法、情動ラベリング等が用いられる。
アリエル・シュワルツ(Arielle Schwartz)はCPTSDに対する統合的・身体と心をつなぐ治療モデル( マインドボディアプローチ)を提案する。 シュワルツのアプローチもまたCPTSDをただ認知の問題としてではなく、身体の反応と精神の連動として治療することに重きを置く点が特徴的である。そしてトラウマは単に思考や感情の問題ではなく、自律神経や身体感覚に刻まれているという立場から、マインドフルネス、ポリヴェーガル理論の応用、身体介入などを統合する。

最後に

 本章ではPDについての精神療法の総説的な解説を行った。精神療法家は患者の病態の理解や見立てを行う上で診断的な理解を必要とせざるを得ない。しかしそれは患者の問題をカテゴライズすることを意味するのではない。PDの概念は今なお流動的で、今後も更なる発展や変化を経る可能性を秘めている。カテゴリカルモデルとディメンショナルモデルはそれぞれ一長一短があり、それを必要に応じて取り入れて行くことになるが、その共存は時には混乱を招きかねない。本稿ではその際に患者が有するボーダーライン傾向、トラウマの影響、そして発達障害の影響を脳裏に持ちつつ、その見立てと治療に取り組むことを示唆した。冒頭にも述べたとおり、PDの治療はあらゆる病態の治療と同様に、患者という人間と治療者とのダンスにたとえられ、柔軟にかつブレない姿勢が求められる。その踊り方の指針としていくつかを示したことになるが、臨床家にとって少しでも参考になることを望む。