2025年11月26日水曜日

WD推敲 1

 ワークディスカッションの話。始まったと思ったらもう推敲だ。

 この度「●●●」という著書に特別寄稿を書かせていただくことになった。大変光栄なことである。ちなみに「特別寄稿」は私の好きなジャンルである。なぜなら自由なことを書いても比較的許されるからだ。ということで私はこのディスカッションに突然引き込まれ、おかげでずいぶん刺激を戴いた事を感謝しつつこの稿を起こしつつある。まず私なりにこのwork discussion (ここからは”WD”と書くことにする)についての私の乏しいながらの理解を書いてみる。
  WDは精神分析をルーツとし、グループの環境で学びを高めるためのプログラムである。そしてこの動きは日本の心理臨床においてかなり前からあり「日本ワークディスカッション研究会」まで存在している。ただし広く一般に知られているとはいえず、まだこれからの領域という印象を受ける。かくいう私も今回長谷綾子先生、若狭美奈子先生、橋本貴裕先生の企画による同テーマの自主シンポにコメント役として参加させていただき、その存在を遅ればせながら知ったということを告白しておこう。

 WDは、英国のタビストック・クリニックにおける乳幼児観察(Infant Observation)が源流であり、主として精神分析的視点に立った対人援助職の教育訓練のために開発された。この創始者は精神分析の世界ではよく知られるイギリスの分析家エスター・ビックであり、彼女は乳幼児観察と個人精神分析を統合したとされる。ちなみにこの乳幼児観察については英国に留学した先生方が日本に伝えているので分析家の間ではなじみになっている。
WDは、観察者が自らの体験(感情、身体感覚、反応)を通して無意識的な対人関係の力動を見出すことを目的とする。
具体的なプロセスとしては、参加者が臨床現場(保育所、病院、学校など)で観察したことを記録し、それをグループで読み合わせ、そのあとディスカッションを行うが、それが「自由連想的』であるところがいかにも精神分析的である。そしてその際指導者(facilitator)はあくまで分析的な視点での促し手であり、指導・教示は最小限に抑えられるということだ。
そこでは「観察者が感じたこと」「関係性の中で何が起きているか」に焦点が置かれ、背景にに対象関係論(オグデン、ビオン、ビックなど)や投影同一視、コンテイニングなどの概念があるとされる。そして「何が起きていたか?」よりも「なぜ私はそれをそう感じたのか?」に注意が向けられる点が、教育やスーパービジョンとは一線を画す。つまりそこで起きたことを事実として検討する、という意味ではないという点が特徴なのだ。