日本で多重人格について論じる際に必ず顔を出すのが埼玉連続幼女誘拐殺人事件、別名宮崎勤事件である。
これに関わった三つの鑑定があった。
●保崎鑑定:1990年11月28日に保崎秀夫(慶應義塾大学名誉教授)ら6人による。「宮﨑は手の障害の劣等感から被害的になりやすい傾向があり、それに性的興味や蒐集癖が相まって犯行におよんだものであり、事件当時は人格障害ではあったが精神分裂病などの状態ではなく、完全責任能力を有していた」
●1995年中安鑑定:1995年、中安信夫(当時の東京大学助教授)による2回目の精神鑑定。「宮﨑は手の奇形や「解離性家族」などを背景にした妄想が発展し、唯一の支えであった祖父の死を契機に『多重人格』を主体とする反応性精神病の状態(精神分裂病に近い状態)に陥っており、犯行時は是非善悪の識別能力もその識別に従って行動する能力も若干減弱していた」と結論付けていた。
●内沼鑑定:内沼幸雄(帝京大学教授)・関根義夫(東京大学助教授)によるもの。「宮﨑は高校時代までに精神分裂病を発症しており、それによる意欲低下・感情欠除・攻撃性などが祖父の死によって強まり、多重人格状態にあった」とある。
ここで中安、内沼鑑定に多重人格という言葉が出てきたことからこれが話題になったわけであるが、結局裁判では完全責任能力が認められた形であり、宮崎は死刑となった。
結論から言えば、宮崎事件は、あまりDIDの診断の根拠がないままに鑑定書が提出されたという印象がある。その主張にもそれなりに根拠があるが(「ネズミ人間が出てきて、気が付くと女の子が倒れていた」など)insanity defense つまりそれにより責任能力が喪失したとする根拠にはなりえなかった。ちなみに私が持った印象としては、宮崎はかなり典型的なASDを基盤とした病理であるということだ。多重人格という印象は薄い。
●内沼鑑定:内沼幸雄(帝京大学教授)・関根義夫(東京大学助教授)によるもの。「宮﨑は高校時代までに精神分裂病を発症しており、それによる意欲低下・感情欠除・攻撃性などが祖父の死によって強まり、多重人格状態にあった」とある。
ここで中安、内沼鑑定に多重人格という言葉が出てきたことからこれが話題になったわけであるが、結局裁判では完全責任能力が認められた形であり、宮崎は死刑となった。
結論から言えば、宮崎事件は、あまりDIDの診断の根拠がないままに鑑定書が提出されたという印象がある。その主張にもそれなりに根拠があるが(「ネズミ人間が出てきて、気が付くと女の子が倒れていた」など)insanity defense つまりそれにより責任能力が喪失したとする根拠にはなりえなかった。ちなみに私が持った印象としては、宮崎はかなり典型的なASDを基盤とした病理であるということだ。多重人格という印象は薄い。