2023年11月19日日曜日

脳科学と小児臨床 10

 このテーマ、忘れていたわけではない。いろいろなことが同時並行しているので、しばらく遠ざかっていただけである。そこでここまでのまとめをしたい。
 まずウィニコットが描いた絶体依存の時期は、生後一年の主として右脳の機能が成熟する段階に相当していた。ウィニコットがあれほどフロイトと異なった時期(すなわち前エディプス期)に焦点を絞り、そこでの病理を解き明かそうとしたかは定かではない。単にこの点に関して極めて高い感性を有していたからとしか言いようがないだろう。  そこでウィニコットは母親の鏡の機能について論じ、実はそれは子ども自身を映す役割を果たすという。これは後に母親の情動的な波長合わせ affective attunement などの言葉で発達論者が継承していく論点だ。そしてそれは具体的にはどういうことかというので、ショアが明らかにするのは、母親と子供の右脳同士の同調であるという。そしてそこで結果的に行われるのが、ポージス等により解明された自律神経の調節であるのだ。 そしてそれが破綻した状態が、愛着理論でいういわゆる「Dタイプ(無秩序型)」はその状態に相当するのである。

さてこのように右脳の機能および愛着トラウマによる右脳の機能の障害を論じたが、この議論は当然導くのが、愛着トラウマによる右脳の機能不全が後の左脳の過剰代償と組み合わさった場合に何が起きるかという議論である。具体的には次の二つのことが起きる可能性がある。
● 情動を伴った、対人間の関りに裏打ちされた言語機能の未発達。
● 極端分析的で、秩序や細部へのこだわり。

 そして言うまでもなく、これはASDの病態そのものではないか。しかしこう考えることは次の疑問を呼ぶ。発達障害は生まれつきの問題ではなかったのか。という事は、ASDは生まれつきの要素以外にも、環境による右脳の発達不全を素地とする可能性は考えられないか。