人間の脳はもともとマルチコアである
前回(第6回目)は、解離性障害についての脳科学的な理解について論じたが、重要な部分は今回に先送りになっていた。まず前回の内容を軽く復習しよう。
多重人格状態(DID)という極めて不思議な状態があるが、その場合脳の中でいったい何が起きているのだろうという話だった。そこでその状態をパソコンにおいて二つのアプリが立ち上がった状態に例えたのだった。そして一つのCPUが、それらを高速で代わりばんこに処理する「タイムシェアリング」という方法は、人間の脳では不可能らしいということがわかった。そして最近は複数のCPUを積んだ(マルチコアの)コンピューターが主流だが、それがDIDで生じている事の比喩として可能かということを検証するのが、今回のテーマだ。
まず最初に申し上げなくてはならないのは、実は人間の脳は生まれながらにしてデュアルコアであるという事実なのである。それは脳が基本的には右脳と左脳に分かれており、それぞれがある程度独立して機能していると考えられているからである。このことは多少なりとも医学や心理学に詳しい人にとっては常識的かも知れないが、一応解説しておこう。
実際に脳は、左右の間に明確な切れ目があり、物理的にはっきりと分かれている。中枢神経系が一本の細長い構造だとすると上の末端部分、つまり大脳は二股に分かれているのだ。それを左右脳半球という。しかしこの左右半球は、脳梁という部分で橋渡しをされている。つまり脳梁と松果体という部分を除いては、左右一対が備わっているのだ。そして実は...... 左右の脳にはそれぞれが一つずつ心が備わっているのである。
ただし人間が二つの心の間で混乱しないのは、この脳梁という連絡路のおかげだ。脳梁は二つの脳の間を約二億本と言われるケーブル、すなわち神経線維による連絡路である 。それにより左右の脳はものすごい速さで情報をやり取りしているので、左右の機能はバラバラになることはない のだ。
ただしこう書いたからといって、みなさんは次のような疑問をお持ちかも知れない。
「いや、そんな話聞いたことありませんよ。どの心理学の教科書にも、人は二つずつの心を持っているなんて書いてありませんよ!」「人間の体はだいたい左右対称でしょう。でも体が二つある、とは言いませんよね。ちょっと言い過ぎではないのか?」
これらの疑問はよく分かる。その通りである。何しろ私たちは脳が二つに分かれていると知った後も、だから心が二つあるとは思わなかった。そしてそれを教えてくれたのは、ほぼ100パーセント、原因がはっきりしている。それは1940年代にある施術、つまり「脳梁離断術」が行われ、実際に左右の脳が切り離された人々を観察するという機会が生まれたからなのである。