2021年4月13日火曜日

解離性健忘 6

さてここまで書いたDSM-5準拠の「解離性健忘」、字数がまだ4000字である。ここに肉付けしていくわけだ。一応アリバイとして以下に掲載。

解離性健忘 Dissociative Amnesia
A 重要な自伝的情報で,通常,心的外傷的またはストレスの強い性質をもつものの想起が不可能であり,通常の物忘れでは説明ができない。
: 解離性健忘のほとんどが,特定の一つまたは複数の出来事についての限局的または選択的健忘であるが、もしくは,同一性および生活史についての全般性健忘である(添削が始まってしまった。)
B その症状は,臨床的に顕著な苦痛,または社会的,職業的,または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている
C その障害は,物質(:アルコールまたは他の乱用薬物,医薬品),または神経疾患または他の医学的疾患(:複雑部分発作,一過性全健忘,閉鎖性頭部外傷・外傷性脳損傷の後遺症,他の神経疾患)の生理学的作用によるものではない。
D その障害は、解離性同一,心的外傷後ストレス障害,急性ストレス障害,身体症状症,または重度ないし軽度認知障害によつてうまく説明できない
コードする時の注;解離性とん走を伴わない解離性健忘のコードは300.12(F44.0)解離性とん走を伴う解離性健忘のコードは30013(F44.1)
▼ 該当すれば特定せよ 300.13.(F44.1)解離性とん走を伴う:一見意図された旅行や当てのない放浪のように見え,自分のアイデンティティまたは他の重要な自伝的情報の健忘を伴うもの
 診断的特徴
解離性健忘はその健忘に解離の規制が関与しているものであり、基本的にはその人の心の一部に記憶内容が隔離された状態で保存されているという前提がある。その生成には基本的に二種類が考えられる。それはその出来事の最中に人格の解離が生じた場合と、その最中にトランス状態や解離性の昏迷状態になった場合である。前者の場合はその時出現した人格状態での記銘が行われることになるが、後者の場合海馬が強く抑制されることで、自伝的記憶部分については記銘自体が損なわれることにもなりうる。するとその出来事のうち情緒的な部分のみが心に刻印される、いわゆるトラウマ記憶の生成が起きる。後者の場合その自伝的な部分は記銘そのものが損なわれている可能性があり、のちの想起も難しくなる。

DSM5ではこれを限局性健忘、選択的健忘、全般性健忘、系統的健忘に分類する。
限局性健忘,限定された期間に生じた出来事が思い出せないという、解離性健忘では最も一般的な形態である。通常は一つの外相的な出来事が健忘の対象となるが、児童虐待や激しい戦闘体験、長期間の監禁のような場合にはそれが数力月または数年間の健忘を起こすことがある。
選択的健忘.においては,ある限定された期間の特定の状況や文脈で起きた事柄を想起できない。例えば職場でトラウマ的なかかわりを受けた上司のみを思い出せないとか、学校のクラブ活動でトラウマ体験があった場合、その頃の生活全般は想起できても、そのクラブ活動にかかわった顧問や仲間、あるいはその活動そのものを思い出せないということが生じる。
全般性健忘は自分の生活史に関する記憶の完全な欠落である。いわゆる全生活史健忘、あるいは解離性遁走と呼ばれる病態を包括する。通常その発症は突然であり、健忘の期間にも個人差はあるが通常は数時間から数日、時には数か月も及ぶことがある。我に返った時には自分についての個人史的な情報、時には名前さえも想起できないことがあり、当人は通常は困惑感を持つ。それ以降に回復する記憶にも個人差があり、時には発症の期間も含めた過去の記憶を回復しないままでその後の人生を送ることもある。その際はその期間に社会で起きたことも含めて想起できない。事例によっては発症時までの記憶を回復するが、発症(遁走)期間のことまで想起することはまれである。発症期間中は意識混濁のためにそもそも記銘されていない可能性すらある。ちなみに健忘の対象はエピソード記憶に限られ、スキルについては残存していることが多い。
解離性健忘をもつ人はしばしば,自分の記憶の問題に気づかない(または部分的にしか気づかない).多くの人,特に限局性健忘をもつ人は,記憶欠損の重大さを過小評価し,それを認めるよう促されると不安になることがある.系統的健忘の人は,ある特定領域の情報についての記憶(例:その人の家族や、特定の人物や、小児期の性的虐待に関するすべての記憶)を失う。持続性権謀では、新しい出来事が起こるたびに、それを忘れてしまう。
診断を支持する関連特徴
DSMに書いてある以下の「診断を支持する関連特徴」にはおおむね同意できない。一応次のように書いてある。
「解離性健忘をもつ人の多くは、満足な対人関係を構築し,継続する能力が慢性的に損なわれている。心的外傷,児童虐待,事件事故の被害の既往歴が認められることが多い。解離性健忘のある人に,解離性フラッシユバツク(すなわち,外傷的な出来事についての行動に表出される再体験)を報告する人がいる。多くの人が、自傷、自殺企図、または他の危険性の高い行動の既往歴をもつ。抑うつ症状、機能的神経学的症状だけでなく、離人感、自己催眠症状、および高い被催眠性が一般に認められる。性機能不全群も一般に認められる。軽度の外傷性脳損傷が解離性健忘に先行することもある。」
このような記述ははっきり言って偏見に満ちているという気がする。この部分は不採用としよう。
有病率
「米国の地域研究での成人を対象とした小規模研究において,解離性健忘の12カ月有病率は18%(男性10%,女性2.6%)であつた。」← これはDSMに記載された有病率として引用させていただこう。というのも日本での統計はまだまだ不十分だからだ。
症状の発展と経過
全般性健忘はわが国では従来全生活史健忘とも呼ばれていた。その中でも臨床的に注意が喚起されるのが、従来解離性遁走と呼ばれていた前生活史健忘である。その発症は通常は急激であるため社会生活上の混乱を招くことが多い。典型的な例では仕事でのストレスを抱えていた青年~中年男性が通勤途中で行方が分からなくなり、しばらく遠隔地を放浪したり野宿をしたりして過ごす。数日~数ケ月後に警察に保護されたり自ら我に帰ったりして帰宅することになるが、その際自分に関する全情報を失っていることすらある。帰宅後も家族や親を認識できず、社会適応上の困難をきたすものの、記憶の喪失以外には精神症状はなく、徐々に社会適応を回復していく。過去に獲得した技能(パソコン、自転車、将棋など)や語彙などは保たれていることも多く、それが適応の回復に役立つことが少なくない。なお遁走していた時期の記憶が回復することは例外的と言える。症例はそれ以前に解離性の症状を特に持たなかったことも多く、別人格の存在も見られないことが多い。(ただしDIDにおいて特定の人格が一時期独立して生活を営んでいた場合も、その病態がこの全生活史健忘に類似することがある。)
 解離性遁走に見られる一見目的のない放浪がともなわない全生活史健忘もある。また短期間に見られる解離性健忘は臨床的に掬い上げられていない可能性もある。また一時的にストレス状況、例えば戦闘体験や監禁状態に置かれた際に生じた健忘は比較的短期間で回復することも少なくない。
さてDSM-5では以下に危険要因と予後要因、遺伝要因と生物学要因、経過の修飾要因、文化に関連する診断的事項、自殺の危険性、解離性健忘の機能的な結果、と細かい項目が続いた後、鑑別診断として膨大な記載が続く。まあこれらは「疫学」としてまとめられようか。DSMの記載をとりあえずは剽窃にならない程度にまとめてみよう。(もちろんそこからリライトをするわけだが。)
疫学その他
「解離性健忘に先立って何らかのトラウマやストレス体験が生じていることが多い。戦闘、小児期の虐待、抑留などの単回の、ないしは複数回のトラウマが関与している可能性がある。解離傾向などの遺伝的な負因も関与している可能性がある。なお高度に抑圧的な社会では文化結合症候群などに結びついた解離性健忘に明確なトラウマが関与していない場合がある。」
鑑別診断
解離性同一性症: DIDにおいても、主人格に代わりある特定の人格が一定期間表に出たのちに背景に退くという事が起きる場合は、解離性遁走に類似した臨床像を呈することがある。特にその人格が精緻化されていず、その出現が統制を受けない場合にそれが該当する。ただしその場合は他の明確な交代人格が存在することを確かめることで解離性遁走との区別がつく。
 神経認知障害群: いわゆる認知症に伴う健忘の場合は、健忘はその他の神経学的な所見、すなわち認知,言語,感情,注意,および行動の障害の一部として生じる。埋め込まれている。解離性健忘では,記憶障害は本来自伝的情報についてであり,知的および認知的機能は特に障害されないことが特徴である。
物質関連障害群: アルコールまたは他の物質・医薬品による度重なる中毒という状況において,“ブラックアウト"のエピソード,すなわちその人が記憶を失う期間があるかもしれない。頭部外傷後の健忘: 頭部外傷により健忘が生じることがある。その特徴としては,意識消失,失見当識,および錯乱,等が見られることである。さらに重度の場合には,神経学的徴候(:神経画像検査における異常所見,新たな発作の発症または既存の発作性疾患の著しい悪化や視野狭窄,無嗅覚症)が含まれる。
てんかん: てんかんの人は,発作中,または発作後に引き続く健忘に伴う形で、無目的の放浪などの複雑な行動を示すことがある。解離性とん走の場合はより目標指向的で,数日間~数か月間続くことがある。