2020年2月6日木曜日

「ポリヴェーガル理論を読む」を読む 2


さてニューロセプションの概念に、津田先生は重要な異議を唱えているが、これも興味深い。ポージスはそれを無意識的なプロセスと言っているが、実はポージスは大脳皮質、特に上側頭溝や紡錘状回がこれに関与しているともいう。つまりこれらの部位は相手の顔の表情や視線などをキャッチするのであり、基本的には意識的なプロセスと考えることが出来る。そしてそれが扁桃核の暴発を抑えている。これはジョゼフ・ルドゥの二つの経路、つまり知覚は速い経路として直接扁桃核へ、遅い経路として大脳皮質を通って扁桃腺核へ、という二つの経路の議論と同じである。私が昔作ったスライドをお見せしよう。

 さてここからマインドフルネスのテーマに移るのだが、そもそもマインドフルネスとポリベーガル理論とはどこが関係しているのだろうか。津田先生の説明は以下の通りだ。人間の心の取りうるモードとしては、いわゆるエクゼキュティブネットワークと、デフォルトモードネットワークがある。前者EMNは外界に注意が向いたもの、後者DMNは関心が内界に向いたもの、ということだ。そしてそれらの切り替えのスイッチのなる、いわゆるセイリアントネットワークSNを司るのが島皮質と前帯状回であるという。そして津田先生は通常はEMNDMNが揺らいでいるが、両者が同時に活性化するのがマインドフルネスであるという。なぜならマインドフルネスは、「今、ここで内界の注意対象、すなわち自己の身体に意識を集中するからであるという。しかし私にはこのニュアンスが分からない。私はこれまでの考察に示されている通り、揺らぎ論者である。EMNDMNとが揺らいでいたら十分ではないかと思うのだ。しかしいわゆるマインドフルネスで行う活動は、両者を同時に働かせるという一種の離れ業、普通私達の脳が行わないようなことを試みていると言っているに等しい。やはり津田氏の考えの方が正しいのだろうか?
少し整理しよう。私のこれまでの理解ではDMNの主役は大脳正中線領域、すなわち内側前頭前野や後部帯状回、そして扁桃核、海馬であった。しかし津田氏は以下のような図式を示す。
島皮質の前部 ← 眼窩前頭皮質、内側前頭前皮質、前帯状回
島皮質の後部 ← 後部帯状回楔前部(precuneus,下頭頂葉などの大脳正中線領域すなわちDMNで働く部分。ということはマインドフルネストは、島皮質の全、後部の両方、すなわち島皮質の全体が活性化される状態をイメージしているということだろうか。

大脳正中線領域とはヴァンデアコークが「大脳のモヒカン部分」と呼んでいた部分で、別の言葉だと丁髷部分とも言えるだろう。モノの本によると前頭葉眼窩部,楔前部,帯状回後部(すなわち上のリストで網掛けした部分)などから構成するとなっている。ということは正中線領域の定義も人によって違いがあるということだろうか。
そこで津田氏のDMNの説明。これは脳があてどもなく彷徨っている、「マインドワンダリング」の状態である。何もしていないようでいて、心の働きのベースラインと考えらえれ、通常の約20倍のエネルギーを消費し、私たちの日中生活の約50%弱はこれに相当するという。そして三つの脳の働きに関係している。一つはマインドフルネス、もう一つは創造性、最後はメンタライゼーション。
このマインドワンダリングは何を対象にしているか、ということについて、津田氏は、身体活動であるという仮説を設ける。そしてそれが正中線ネットワークに関与し、そしてそれを下から支えるのは延髄の「孤束核」であり、それは背側迷走神経複合体の中心でもあるということを思い起こさせる。そしてそのルートは眼窩前頭皮質OFCないしは腹内側前頭前皮質に至り、そこでは背側迷走神経と腹側迷走神経が合流し、ダマシオの言うソマティックマーカーを形成する部分であるという。
ところでダマシオのソマティックマーカー仮説。とても大事だ。彼は前頭葉にダメージを受けた人がしばしば適切な決断を下す能力を失うことに注目し、vmPFC,つまり腹内側前頭前皮質 が、感情を用いた決断を司り、その部位が侵されることでその能力を失うという。興味深いのはこの部位はそこか侵されても、一見知能テストには影響を及ぼさないことである。ところでこのテーマは私が別のところで論じている「いい加減さ」ととても整合性を有する。どちらもアリ、というところでサイコロを振る力とは結局このソマティックマーカーに従ったものであり、その際頃は結局感情というバイアスを持っているということであろう。