2012年7月6日金曜日

続・脳科学と心の臨床(40)

 そこでこのような単純化した図式を考えて欲しい。脳の配線マップに極めて簡略化したネットワークA(赤で示す)を載せてみる。そして人格Aの心身の活動は、このネットワークを基盤に起きていると考えよう。つまりAが感じ、思い、行動する際、だいたいこのネットワークAを含んだ神経線維が興奮するのだ。そして次にB(黄緑で示す)を考える。こちらは交代人格Bの際によく用いられるネットワークであるとする。図でこのABを微妙にずらして描いているのは、両者が共通した配線を持っていないということを表現したいのだ。すなわち同じ音楽を聴き、同じ動作を行うにしても、ABは異なった神経回路を用いることになる。DIDでは非常に多くの場合、ABという二つの交代人格は、まったく異なる感情表現をし、まったく異なる話し方をし、まったく異なる筆跡を示す。人間として生活するうえでまったく異なる二つのセットのネットワークを有しているかのようだ。

この図式を例えば一つの人格Aしか持たない人と比較する。その人の体験は大体ネットワークAを基盤とし、それ以外の体験は持たないことになる。だから体験は常に一つのセットでしかない。
なぜABという異なる配線のセットが成立したかは難しい問題であるが、ある特殊な状況で、Aが一つの体験を持つことができなくなった際に、Bが成立し(あるいは何らかの形ですでに成立していて)、そちらの方にスイッチが切り替わるという事態が起きた、としか表現できないであろう。もちろんその詳しい機序は明らかではない。