本章は解離症の精神療法というテーマで論述を行う。ICD-11(2022)の分類では解離症はFNS(機能性神経症状症)または変換症を含むが、それらは次章の「身体症状症」で論じられるため、ここでは解離性同一性症 (dissociative identity disorder、以下 DID)、および解離性健忘の中の解離性遁走(dissociative fugue、以下 DF)について主として扱うこととする。
1.解離症の初回面接と見立て
  
  初回面接における出会い
解離症の初回面接においては、患者は面接者が自分の訴えをどこまで理解してもらえるかについて不安を抱えていることが多い。DIDの患者はすでに別の精神科医と出会い、解離症とは異なる診断を受けている可能性がある。あるいは精神科に未受診でも、その症状により周囲から様々な誤解や偏見の対象となっていた可能性がある。面接者は患者にはまず丁寧に挨拶し、初診に訪れるまでに体験したであろう様々な困難さに理解を示したい。
  解離症の患者が誤解を受けやすい理由は、解離症状の性質そのものにあると考えられる。DIDのように心の内部に人格が複数存在し、一定の時間異なる人格としての体験を持つことなどは、私たちが持つ常識的な心の理解の範囲を超えている。そのためにあたかも本人が意図的にそれらの症状を作り出したりコントロールしたりしているのではないか、それにより相手を操作しようとしているのではないか、という誤解を生みやすい。そして患者はそのような体験を繰り返し持つ過程で、医療関係者にも症状を隠すようになることも多く、それがさらなる誤解や誤診を招くきっかけとなるのだ。
 
現病歴を聞く
解離症の現病歴は、社会生活歴との境目があまり明確でないことが多い。通常は現病歴は発症した時期あるいはその前駆期にさかのぼって記載されるが、それが幼少時のトラウマ体験に関わっている場合には、すでに物心つくころには症状の一部は存在している可能性がある。それらは幻聴であったり異なる人格の存在を感じるという体験であったりするだろう。ただし通常は現病歴の開始を、日常生活に支障をきたすような解離症状が顕在化した時点におくのが妥当であろう。
解離症の現病歴を聴きとる際に特に注意を払うべきなのは記憶の欠損である。初診面接では器質性疾患が疑われない患者に記憶の欠損の有無を問うことは忘れられがちであるが、それが解離症の存在の決め手となることが多い。人格の交代はしばしば記憶の欠損を伴い、患者の多くはそれに当惑したり不都合を感じたりする。しかし患者も周囲もそれを「もの忘れ」や注意の散漫さに帰することが多い。面接者の尋ね方としては、「一定期間の事が思い出せない、ということが起きますか? 例えば昨日お昼から夕方までとか。あるいは小学校の3年から6年の間の事が思い出せない、とか。」「知らない間に自分が遠くに行ってしまったことに気が付いたことはありませんか?」などが適当であろう。
  交代人格の存在に関する聴取はより慎重さを要する。多くの DID の患者が治療場面を警戒し、交代人格の存在を安易に面接者に知られることを望まないため、初診の段階ではその存在を探る質問には否定的な答えしか示さない可能性もある。他方では初診の際に、主人格が来院を恐れたり警戒したりするために、かわりに交代人格がすでに登場している場合もある。診察する側としては、特に DID が最初から疑われている場合には、他の人格が背後で耳を澄ませている可能性を考慮し、彼らに敬意を払いつつ初診面接を進めなくてはならない。「ご自分の中に別の存在を感じることがありますか?」「頭の中に別の自分からの声が聞こえてきたりすることがありますか?」等の質問の仕方が可能であろう。
知覚の異常、特に幻聴や幻視があるかどうかも解離症の診断にとって重要な情報となる。その際幻聴が人生の早期から生じていたり、声の主を本人がある程度同定できる場合は、それが解離性のものであると判断する上で重要な手がかりとなる。また幻視は統合失調症では幻聴に比べてあまり見られないが、解離性の幻覚としてはしばしば報告される。それがイマジナリー・コンパニオン(想像上の遊び友達←DSM5の訳語)のものである場合、その姿は外界の視覚像として体験される場合もある。
自傷行為については、それが解離症にしばしば伴う傾向があるために、特に重要な質問項目として掲げておきたい。「カッティング」(リストカットなど自傷の意図を持って刃物で自分の身体を傷付ける行為)は、それにより解離状態に入ることを目的としたものと、解離症状、特に離人体験から抜け出すことを目的でとしたものに大別される(岡野、2007)。いずれの目的にせよ、そこに痛覚の鈍磨はほぼ必ず生じており、その意味では繰り返される自傷行為は知覚脱失という転換症状の存在を疑わせるだろう。
DIDにおいてはFNSを疑わせる他の身体所見にも注意を払いたい。感覚や運動症状が突然生じては止み、脳神経内科的な所見がみられない場合などは特にその可能性がある。視力喪失、失声、手足の一時的な麻痺等は、ストレスに関連してしばしば聞かれる(詳しくは「身体症状症」の章の記述に譲りたい)。
 なお解離症の存在をより詳しく知るためには 患者にDES(解離体験尺度)(田辺、2004)を記入してもらうことも有用であろう。
岡野憲一郎(2007)解離性障害 多重人格の理解と治療 岩崎学術出版社
