2025年4月6日日曜日

不安とパニックと精神分析 11

 ルイス・コゾリノの本に書かれているパニックに関する記述は意外にそっけない。「パニックにおいては人ははしばしばストレスや葛藤とパニックの関連性に気が付かない。なぜならそれらの関連性は神経的な隠れ層 hidden neural layers にあるからだ」(p243)。ここで彼の本にはしばしばこの「隠れ層」という表現が登場するが、それは結局ニューラルネットワークの隠れ層、という意味である。そしてこの本の第2章「脳を再構築する‐神経科学と精神療法」という章にはニューラルネットワークの図まで出てくる。彼は20年以上前のテクストで、すでにニューラルネットワークと心を同一視しているところが驚きである。 コゾリノはパニックの説明に際して、「扁桃体の持つ一般化 generalization の傾向」という言い方で次のように言う。扁桃体がその一般化の傾向を持つことにより、パニックは内的、外的な刺激に反応して起きるようになる。扁桃体はそれこそ生下時から機能しているが、海馬―皮質(特に眼窩前頭皮質 OFC) ネットワークは後になってやっと発達してくる。そしてこの海馬―皮質ネットワークこそが扁桃体を抑制する作用がある。ということは、これが働いていないうちの、つまり生まれて初期のパニックは、それこそ圧倒的かつ全身体的な体験 overwhelming and full-body experiences となる。そしてその体験は決して皮質に記憶としては保存されず、直感的な知識 intuitive knowledge として立ち現れるという。(p245). つまりこういうことだ。怖れによる扁桃体の発火が生む記憶(トラウマ記憶)は生のままで脳の皮質下に蓄えられ、それがのちのパニックを引き起こすのだ。(私はこれまでパニックとフラッシュバックは「似ているもの」、という理解をしていたが、このコゾリノの説明は、両者は同根、ということになる。) コゾリノは青斑核についても論じる。これもパニックを考える際に極めて重要だ。ここは脳の中で一番広範囲に投射されている。ここはノルエピネフリンの生産拠点であり、要するに非常事態で脳や交感神経系を介して体全体にアラームを鳴らす役割をする。青斑核は扁桃体の記憶回路に「print now (トラウマ記憶を作成せよ!)」という命令を送る。これは海馬―皮質経路があまり活動していない時にでも反応する。つまり夢の刺激であってもFBが生じることになり、その意味でも実質上パニックとFBは区別がつかないということか。ところでp246には、扁桃体の中心核が青斑核を刺激し、そこから交感神経が刺激されると書いているが、要するに恐怖刺激→扁桃体中心核→青斑核→扁桃体に「トラウマ記憶を作成せよ」と指令を出す、と行ったり来たりしながらの命令を送るという仕組みらしい。ところでこれに関連して例の速いシステムと遅いシステムの話になる。 タクソンシステム taxon system(=速いシステム、または扁桃システム amygdaloid system)これはスキルやルールや刺激―反応の連環を獲得し、それ自身はコンテクストフリーであるという。つまりその学習に関連して時間や場所が記憶されるわけではない。そしてもちろん第一義的に無意識的だ。そしてこれが手続き的、ないし暗示的記憶に関わる。それにくらべて現場システム locale system (海馬―皮質経路を中心とする)これは認知マップや時系列的な記憶、意識的な表象に関係する。正常のトラウマのない養育においては、これらの二つのシステムは連結されている。ところがトラウマ的な幼少時をおくると、これらが解離するのである。