2024年6月26日水曜日

PDの臨床教育 推敲 8

 カテゴリカルモデルの問題が指摘されるにつれて、カテゴリカルモデル派とディメンジョナル派の間の論争が結構以前から起きたらしい。前者は精神医学者主導であり、後者は心理学者主導だった。もとよりパーソナリティについては、その病理を精神医学で扱う一方では、その健康は側面をも含めて一般心理学で扱う動きもあり、基本的には両者の接点はなかったからだ。

 そしてそこに微妙な形でかかわってくるのが、RDoCというやつだ。Research Domain Criteria (研究領域基準)はNIMHのThomas Insel所長が言い出したことだという。RDoCの基本概念は、精神疾患は複雑な遺伝環境要因と発達の段階によって理解される脳の神経回路の異常により起こることであるという仮説をもとにしている。そしてこれをまとめたInselは、それまでもくすぶっていたDSMへの不満を明らかにしたのだ。

 この話はそもそもカテゴリカルモデルとディメンショナルモデルの対立がなぜ生じているかを知るためにも恐らく大事であろう。そこでちょっと寄り道である。
 Insel 氏が所長をしているNIMHとは米国立精神衛生研究所である。アメリカではトップが変わるとかなり力強い(強引な?)方針を打ち出す傾向にあるが、これもその一例であろう。彼は精神科医は対症療法的で行き当たりばったり的であり、脳科学的なエビデンスに基づく研究をしていないとし、精神疾患の根底にある原因を探らずに症状の軽減だけを目指す研究には、今後、資金を提供しない意向を明らかにしたという(Nature ダイジェスト Vo..11 No.6 News 「精神疾患の臨床試験の在り方を見直す動き」から) ちなみにこのNIMHの母体となるNIH(米国立衛生研究所)はもともと生物学的な機序を重視する方向にあるという。

 この問題の背景には、DSMが精神医学の聖典扱いされて、それに従わないと研究の資金も得られないという傾向への不満があるらしい。精神医学の基礎研究のためにはDSM的な用語や概念に縛られない必要があり、もっと研究向きの基準を作るべきだとInsel 氏が考えて作られたのが先ほどのRDoCである。

 そもそもDSMとは統計のために作られたというのが始まりである。DSMとはdiagnostic and statistical Manual つまり「診断と統計のマニュアル」だったのだ。しかしこのDSMは意外なほどに精神科の臨床医に受け入れられたという経緯がある。特にDSM‐Ⅲが大きなヒットだったのだ。そしてそれに従い臨床家向きのものに改定されていったが、他方では統計学的な研究にはますます向かないものとなっていったという。