2024年5月14日火曜日

「トラウマ本」 トラウマとパーソナリティ障害 加筆訂正部分 3

最初に戻って書き直し、という感じになってきた。トホホ・・・。  

トラウマとパーソナリティ障害との関連について述べるのが本章の目的である。しかし従来のPDの概念は、トラウマとの関連性を強調したものとは言えなかった。この議論が深まりを見せるようになったのは、ICD-11 におけるCPTSDの登場であり、それが本章の主たるテーマとなる。

従来のパーソナリティ障害論の流れ

 いわゆるパーソナリティ障害 personality disorder (以下本章ではPD)に関する議論は、1980
年のDSM-Ⅲの発刊以来、自己愛PD、ボーダーラインPDなどの10の典型的なPDのカテゴリーが列挙される、いわゆる「カテゴリカルモデル」に従ったものであった。
 しかしそれが近年大きく様変わりをしつつあることが大いに話題になっている。それが顕著に表れたのが、2013年に米国で発表されたDSM-5(American Psychiatric Accociation, 2013)である。DSM-5では1980年のDSM-III以来採用されていた多軸診断が廃止されるとともに、それまでの10のPDを列挙したカテゴリカルモデルから、いわゆるディメンショナルモデル(詳しくは両者を取り入れた「ハイブリッドモデル」)に一変するという触れ込みだった。しかし結局発表されたものは、従来のモデルに従った10のPDであった。そしてディメンショナルモデルは「代替案」としてDSM-5の後半に提案される形となったのである。
 ではディメンショナルモデルとはどのようなものかといえば、それは一般人に見られるパーソナリティ傾向の評価法を医療モデルに応用したものである。パーソナリティ傾向からいくつかのパーソナリティ特性を抽出し、それらを次元(ディメンション)とみなす。それらは否定的感情、離隔、対立、脱抑制、制縛という5つのパーソナリティ特性からなる次元であり、各人ごとにそれぞれがどの程度見られるかによる表記の仕方をする。わかりやすく言えばその人のPDは5次元空間上の一点として表されるのだ。
 このディメンショナルモデルが従来のカテゴリカルモデルと大きく異なるのは明らかであろう。これまでは「自己愛性PD」や「反社会性PD」などの、名前から直感的に伝わってくるようなPDの10個のうちのどれに該当するかにより、各人のPDが診断されていた。しかし人ぞれぞれ多種多様なパーソナリティの偏りや特徴を、これらのどれかにあてはめることは決して容易ではない。結局「どれにも属さないPD」という診断しか付けられないことが多かったのである。そこで考案されたのがディメンショナルモデルだったのだ。
 ディメンショナルモデルの利点は、各人のパーソナリティ傾向に沿った診断を下すことができるということだ。しかし実は直感的には実に分かりにくい。例えばいかにも自己愛的なAさんへの診断も、「否定的感情:3点、離隔:2点、対立:4点…」などと表記しなくてはならなくなるからだ。
 しかし本章ではこのディメンショナルかカテゴリカルか、という分類上の相違について述べることが目的ではない。いずれの分類にせよ、「トラウマの影響を加味したPD診断なのか?」に関してはあまり大差ないということのほうが大事なのだ。そしてそれにはそれなりの理由があるのである。
 本来PDの概念は、「思春期以前にその傾向が見られ始め、それ以降にそれが固まるもの」として定義づけられている(DSM-5)。それはいわば人格の形成の時期に自然発生的に定まっていくもの、というニュアンスがあった。そしてそれはカテゴリカルモデルに従った10のPDについても、ディメンショナルモデルを構成する5つの次元についても同様であった。特にディメンショナルモデルの5つの特性は、パーソナリティを構成する因子群(例えばいわゆる「5因子モデル」のそれ)の理論を下敷きにしている。そしてこれらの因子は生下時にすでにある程度定まっているという前提があるのだ。
 ただしのちに述べるように、カテゴリカルモデルの中のボーダーラインPD(以下、」BPD)だけは毛色が異なり、そこに過去のトラウマとの関連性が想定されていたということはここで先に述べておこう。