2024年5月12日日曜日

「トラウマ本」 トラウマとパーソナリティ障害 加筆訂正部分 1

 従来のパーソナリティ障害論の流れ

 いわゆるパーソナリティ障害 personality disorder (以下本章ではPD)に関する議論は、1980年のDSM-Ⅲの発刊以来、いくつかの典型的なPDのカテゴリーが列挙される、いわゆる「カテゴリカルモデル」と称されるものであった。しかしそれが近年大きく様変わりをしている。
 それが顕著に表れたのが、2013年に米国で発表されたDSM-5(American Psychiatric Accociation, 2013)である。DSM-5では1980年のDSM-III以来採用されていた多軸診断が廃止されるとともに、それまでの10のPDを列挙したカテゴリカルモデルから、いわゆるディメンショナルモデル(詳しくは両者を取り入れた「ハイブリッドモデル」)に一変するという触れ込みだった。しかし結局発表されたものは、従来のモデルに従った10のPDであった。そしてディメンショナルモデルは「代替案」としてDSM-5の後半に提案される形となった。
 ではディメンショナルモデルとはどのようなものかといえば、ひとことで言えば、一般人に見られるパーソナリティ傾向の評価法を医療モデルに応用したものである。パーソナリティ傾向からいくつかのパーソナリティ特性を抽出し、それらを次元(ディメンション)とみなす。それらは否定的感情、離隔、対立、脱抑制、制縛であり、これがどの程度見られるかによる表記の仕方をする。
 このディメンショナルモデルは簡単に説明しようとしても以上のように複雑で分かりにくいものになってしまうが、要するにそれまでのカテゴリーモデルに見られる「自己愛性PD」、「依存性PD」、「反社会性PD」のような直感的な、名前を聞いただけでその内容が伝わるPDに比べると極めて分かりにくいものとなった。
 しかしここで留意したいのは、これらのいずれも、「それがトラウマの影響をどの程度加味したものか」という点に関しては明確ではなかったということである。カテゴリカルモデルに関して、トラウマの影響によるものと呼べるものはのちに述べるボーダーラインPDしかない。

 ICD-11(2022)で採用されたディメンショナルモデルによるPDの分類は、パーソナリティを構成する因子群(例えばいわゆる「5因子モデル」のそれ)に基づく。つまりそこにはパーソナリティは生下時にすでに定まっているという前提がある。それだけに発達上の様々な出来事に関連したトラウマ関連障害や神経発達障害との鑑別についてはやや歯切れの悪い記載が見られる。
 しかしそれはPDの概念というのは本来トラウマとは無関係に発展してきたものだったからである。 PDとは思春期以前にその傾向が見られ始め、それ以降にそれが固まるとして定義づけられている(DSM-5)。それはいわば人格の形成の時期に自然発生的に定まっていくもの、というニュアンスがあった。

 ところが最近愛着の障害や幼少時のトラウマの問題、あるいは神経発達障害について広く論じられるようになるにつれて、それらもまたパーソナリティの形成に大きな影響を与えるという考え方は、すでに私たちの多くにとって馴染み深いものになっている。私達の臨床感覚からは、人が思春期までに持つに至った思考や行動パターンは、持って生まれた気質とトラウマや愛着障害、さらには発達障害的な要素のアマルガムであることは、極めて自然なことに思える。PDをそれらとは別個に、ないしは排他的に扱うことは、あまり臨床的な意味を持たないであろう。