2023年5月8日月曜日

連載エッセイ 3-6

 【心】を所有することが出来た私たちの近未来像を私なりに思い浮かべてみる。私たちは一人が一つずつ、カスタマイズされたAIを有することになるだろう。それは実際に人の形をしているかもしれないし、パソコンやタブレットの中に現れるだけの画像かも知れない。しかしそれなりの姿かたちや性質を持ち、そこに私たちは人格を感じるだろう。
 例えば私たちは理想的なセラピストや相談相手を作り上げる。精神分析家ならフロイト先生のAI、「フロイトロイド」だったりする。彼は治療者でもあり、スーパーバイザーでもある。それはフロイトの著作集、伝記、フロイト関連のあらゆる情報を網羅したデータベースを備えている。そして質問に答えるだろう。
 「フロイト先生、私はこんなケースを担当することになりました。(以下そのケースのプロフィールについて説明する。)どのように診断し、理解したらいいでしょう?」あるいはもっと直接的な質問かも知れない。「フロイト先生、私は××のような問題に悩んでいます。どうしたらいいでしょう?」それに対するフロイトロイドの答えはドイツ語なまりの少し甲高い声であり、かなりフロイディアンなものだが、極めて流暢で説得力がある。それはそうだ。現在のチャットGPTでさえ、これほど自然な答えだ。それがはるかに進化したとしたら、相談相手に遜色ない程度の問題では既にない。私達人間が応答するよりはるかに高いレベルでの答えを出してくる。そう、ちょうど将棋や囲碁のソフトが、プロ棋士にとっても到底及ばないような「次の一手」を繰り出してくるように、である。
 フロイトロイド先生のいいところは、たとえ夜中に突然話しかけても、何時間使っても決して疲れないことだ。もっともフロイトロイド先生自身はこちらが問いかけない限りはなり沈黙勝ちで、こちらに「自由連想」を求めるが。
   私はこのフロイトロイド先生にかなり満足をしているだろう。もはやフロイトロイドに「心があるか」などとは問わない。人と見なして相談に乗ってもらっているフロイトロイドは当然ながら、事実上一つの心として扱われている。それに実際に心なら、こんなに酷使したら文句の一つでも出るだろうが、フロイトロイド先生は衰え知らずで、老化知らずである。
 それでも言うかもしれない。「でもフロイトロイド先生に感情はないはずですよ。ロボットなんだから。」でもフロイトロイドに人間的な感情があるかのように応答すること、そしてそれが作為的であることを決して気付かれないようにすること」というコマンド一つで解決するはずだ。