2022年12月4日日曜日

脳科学と心理療法 神経ネットワーク 1

 私が「脳科学」について考えるとき、ほぼ同時に「神経ネットワーク」を考えている。脳を科学する、というとそこにはいろいろなアプローチが考えられる。CTMRIなどで脳の構造を知るというのがその代表であろうが、それ以外に脳から生じる電気信号を読み取る脳波もある。あるいは脳を満たしている脳脊髄液を取り出してそこに含まれる様々な成分について調べるということも含まれる。脳内を循環する血流について調べるということも含まれるだろう。しかし脳の本質的なあり方は、それが神経ネットワークにより構成されているということだ。すなわちそれは神経細胞(それも膨大な数、一つの脳の中に一千億個とも言われる)とそれらをつなげる繊維からなっている巨大な編み目構造ということになる。しかし神経ネットワークがどのような構造になっているのかを説明しようにも、どうにも説明しがたいのだ。その詳細は細かすぎてとてもじゃないが現在の科学の力では追えないのである。脳の本体は神経ネットワークだということが分かっただけでもたいしたものなのである。

神経ネットワークの内部で起きていることが分からない、ということを説明してみよう。日本の人口は約1,2億だ。そしてそれらの人々の大多数が連絡手段を持っている。ケータイ電話やメールのことである。AさんはBさん、Cさんとどんなに離れていてもメールでやり取りをすることが出来る。そして実際にそうしているのがSNSと呼ばれる現代のネット社会なのだ。

さてSNSではいろいろな波が生じる。一人の発信者に対する他の発信者の数が急激に増える。ある人のサイトが炎上したり、バズったりするというのはそういうことだろう。それは各人がほかの人々と連絡をすることが集まり、そこに一つの傾向が見られたり、声が合わさったりすることにより生じる。それはそのネットワークの内部にいる私達ならある程度は追えることだ。ある人(Dさんとしよう)が呟いたことがたくさんの人を刺激し、それが論争になる。そのプロセスはある程度身近に体験することが出来るだろう。巨大ネットワークの内部にいる私たちにはその細部がかなり把握できているのだ。Dさんのあの発言が多くの人を刺激したのだろう、とか友達のBさんもCさんも私と同様の反応をしたとか。

ところがここで宇宙船に乗った巨人が登場する。彼は地球上で起きているSNS上の動きに興味を示すが、あまりにも巨大な体を有していて、私たちのネット上の詳細なやり取りを拾えない。というのも彼らの持ち込んだ機器はあまりにも巨大で、地上の通信網を伝わる情報の詳細を知りたくても、それを行うための受信機は一つの山ほどの大きさがあり、感度は恐ろしく鈍い。落雷ほどの電気活動でようやく検知できるくらいなのだ。そこで個々人の持っているスマホの液晶に映る情報など拾えるわけがない…。

SFの話のようだが、現在の脳科学者はこのような不満を持っているだろう。人間や動物の脳で起きていることを知ろうにも、脳細胞の一つ一つに刺すことのできる電極はそれを作るのが容易ではなく、またある神経細胞に狙って刺すなどという細かい芸当はできない。しかもそれでようやく拾えた信号は地球全体で生じていることに比べてはるかにローカルで情報量は少ないのである。しかもたまたま一つの神経細胞からの信号を拾うことが出来たとしても、それがどのような情報としての価値を有し、どこの神経細胞とつながっていているか、などと考えだすと途方に暮れてしまうだろう。