2021年2月9日火曜日

CPTSDのエッセイ 1

  CPTSD(複雑性PTSD)についての「エッセイ」を書くように求められている。いわゆる依頼論文だ。私自身はこのCPTSDという概念にはそれなりに思い入れがある。ずいぶん前から精神医学の診断の一つとして提案されてきたという経緯がある。それは事実上はジューディス・ハーマンにより提案された。彼女が1992年の著書 ”Trauma and Recovery” (Herman, 1992, 邦訳「トラウマと回復」この概念を打ち出したのであるが、そのころ米国にいた私は、この著書が周囲の臨床家に熱狂的に迎えられたことを記憶している。

私は今回ICD-11 にこれが所収される運びになっていることをとてもうれしく思う。私はCPTSDも、そしてそれ以外のいかなる診断名についても、それがラベリングであるという事はわきまえているつもりである。そしてその上で言えば、CPTSDというラベリングはある一群の人々の持つ特徴を表す際に非常に有用である。そしてそれは私が特に解離性障害について扱うことが多いからかもしれない。それはどのような意味においてであろうか。

CPTSDは間違いなくトラウマ関連疾患であるが、従来のトラウマ関連疾患には一つの問題があった。それは一つにカテゴライズされずにバラバラに存在していたという事情である。PTSDはかつては「不安障害」の一つにカテゴライズされていたものであり、それはASD(急性ストレス障害)という弟分を伴っていた。そしてもう一つは解離性障害に属する一連の障害があった。そしてさらに身体症状群に属する一連の障害があった。以前は転換性障害と呼ばれていたものである。そして少なくとも米国の精神医学会では、PTSD陣営と解離陣営は何となく綱引き状態にあった。PTSD派は、こちらこそがトラウマ性の精神障害の由緒正しい疾患であるという自負があっただろう。また解離派は、こちらこそがトラウマに対する心的な反応のひとつのプロトタイプであり、その筆頭であるという自負があった。そしておそらく自分たちこそが本家本元という考え方があったのではないか。PTSD派は、解離はトラウマに対する一つの反応の仕方ではあるが、それを広く網羅したカテゴリーなのだと言いたかったであろうし、解離派は「でもPTSDの症状は、フラッシュバックも、鈍麻反応も、結局は解離性の反応だよね。」と言いたかったであろう。