2020年10月14日水曜日

治療論 推敲の推敲 5

治療目標としての「解離された自己状態の間の連絡と理解を図ること」

解離性障害の治療に関して何を目的とするかは従来から様々な議論がある。一つには精神分析的な理解を目指したRichard Kluft が提唱したような統合integration、融合fusionをその最終目標とするという立場である。事実統合を目指した治療的な試みは従来は多くみられた。しかし最近では冒頭に示したIzkovich の提言(「断片化された患者の精神分析治療の治療到達点は、解離された自己状態の間の連絡と理解を図ることである。」Therapeutic goal in the psychoanalytic work with fragmented patients is to establish communication and understanding between the dissociated self-states.)に見られるような、統合よりは交代人格間の協調や平和的な共存を目指すという立場もある。この立場はまた統合とは対置的なものとしても表現され得る。「治療の目的はお互いを知ることであり、統合ではない」としている。”the goal of the working through process is not necessarily the consolidation of self-states into a single, integrated individual … [But to help] the person understand and negotiate meaningful forms of relatedness with these heretofore unknown parts of herself. A sense of unity or wholeness, even if illusory…..P147
 しかしこの統合よりは解離された人格同士の相互理解、という立場は従来の精神分析的な考え方からかなり大幅な転回を求めることになる。本来の精神分析の目標は、無意識を意識化する(Freud)というものであった。こちらは無意識に分かれていた内容を意識化に置くという、いわば心の統一をはか
る試みである。Freud も統合synthesis は精神分析の目標であるが、それは自然に達成されていくものとしている。その背景にあるのは、心の中で防衛機制その他により分かれているものを統一、統合することが精神の健康度に寄与するという考えであった。解離されている内容を統合するという方向性もどちらかと言えばこの精神分析的な原理に準ずるものと言える。 しかし解離に関する最近の研究が示唆するのは、人の心が本来解離的でいくつかの部分に分かれたものであるという考え方であった。

 その結果として治療はそれらの統一であるよりは協調という事になる。Bromberg はまた治療者は時期尚早の統合を促進するという手段に頼るのではなく、「個々のパーソナリティの独自性への敬意を持ち、患者の解離された声を自分らしさ selfhoodの不連続的ではあっても個々が真正な表現を見出して直接的にかかわる」という態度を促進する。