2020年8月2日日曜日

ミラーニューロンと解離 8

解離性同一性障害は、一人の人間が複数の心を持つという状態であるが、それは私たちにとってcounter-intuitive (日常感覚に反する)な現象である。そのために一般人だけでなく臨床家にとっても十分な理解を得られていなかったり誤解を生じたりするという事情がある。そしていくつかの人格状態が存在するという脳科学的な基盤がほとんど解明されていないという事情は、その誤解や偏見を後押ししているという印象がある。

従来の精神医学的なDIDの理解では、アイデンティティが、複数のパーソナリティ状態と呼ばれるアイデンティティの存在により破綻していることを問題としている。

例えばICD-11のドラフトの定義はこうだ。

解離性同一性障害は、「二つ以上の、他とはっきりと区別されるパーソナリティ状態(解離性アイデンティティ)の存在を特徴とするアイデンティティの破綻が生じ.・・・各パーソナリティ状態は、独自の体験と知覚と思考や、自己や身体や環境とのかかわり方のパターンを有するとされる」(ICD-11 draft.

これはDSM-5でもほとんど同じである。

Disruption of identity characterized by two or more distinct personality states, which may be described in some cultures as an experience of possession. The disruption in identity involves

このきわめて多くの臨床家のコンセンサスを得たはずのDIDの定義は、一つの矛盾を抱えている可能性がある。「複数のパーソナリティ状態によるアイデンティティの破綻」という場合、そこにはある統一した主たるアイデンティティないしは仮想的に統合されている人格を想定していることになる。そしてその仮想的な統一人格が異なるアイデンティティに分断されていることで、自分が誰かがわからず、混乱している様子を描いている。しかし実際のDIDを有する人は、このような形でのアイデンティティの混乱を体験していない可能性がある。しかし例えば二つの人格状態A,Bが互いに完全な健忘を残す場合、ABの人格はそれぞれがアイデンティティの破綻を体験するであろうか。彼らが体験するであろうことは、一定期間記憶が飛ぶこと、自分の体がその間誰かに乗っ取られていたということ以外にはないであろう。そしてBの体験も同様である。

そしてこの体験は例えばシャム双生児の体験になぞらえることが出来よう。シャム双生児の兄弟は、二つの意識と一つの体を有する。彼らはかわるがわる、あるいは相談をしながら行動を起こすだろう。そして彼らのいずれも「複数のパーソナリティ状態によるアイデンティティの破綻」を体験しないだろう。それぞれ独立した意識を有し、自分のアイデンティティについての揺らぎはないであろう。DIDのケースの中にはいくつかの人格が同時に覚醒し、互いを意識し合う場合も多いが、その際はむしろこのシャム双生児のような体験に類似するのである。

このように考えると、DIDの定義に見られるような人格状態は一つの独立した人格ではなく、未統合で独立した意識を形成していないということになる。事実DIDの定義には常にそのような記述がみられる。すなわち「複数のパーソナリティ状態はそれが未統合状態である」という意味では自意識を形成することが出来ていないということと同義に思える。しかし多くの場合、それぞれの人格状態は自己の感覚を十全に持っているようである。