週一回に関する「コンセンサス」とPOST
藤山氏の提言は、週一回の心理療法においては、転移を扱うことの難しさを説いていたわけだが、我が国における議論はその提言に概ね賛同し、それを受け入れる方向に向かっているという印象を受ける。山崎氏の論文(2024、p73)にはこの藤山の提言をより精緻な論述で支持する形をとっている。
山崎氏は Meltzer や飛谷氏らの論文を参考に、「転移の集結」(転移がおのずと集まること)と「転移の収集」(転移を能動的に集めること)という概念を使い分ける。そして分離を体験するための密着な体験が週4回以上に比べて得られないために転移の集結が生じにくいというD.Meltzer の見解を支持する。さらに山崎氏はそれを例証するような臨床素材を示している。氏は週一回のケースにおいて転移が当面性を有していなかったにもかかわらず、その解釈をすることによる能動的な「転移の収集」を試みて失敗したという治療経過を示す。そして氏が「転移の収集は転移解釈によりなされる」という考えを「週一回」に「平行移動」させたことがその原因であったとする。
山崎氏はこれまでの「週一回」に関する議論を総括したうえで、以下のように述べる。「『週一回』は『分析的』にするのは難しいという結論が出ているといっていいだろう」(2024,p20)。つまりこれは最近の複数の分析家や精神療法家の間のコンセンサスであるというのだ。そしてそれにもかかわらずこれまで彼らの多くが「『週一回』は『分析的』でも精神分析的に行えるというごくわずかな可能性に賭けることで、『精神分析的』というアイデンティティを維持しようとしてきた」のだという(2024,p19)。そしてここで現実に直面する必要を説いていることになる。ここでこの山崎氏の提言を「コンセンサス」と呼ぶことにする。
そのうえで山崎氏が提案するのは、精神分析との違いを明確にしたうえで、「週一回」それ自身が持つ治療効果について考えることである。彼は便宜的に「週一回」を【精神分析的】心理療法と精神分析的【心理療法】とに分ける(2024,p22)。このうち前者は「週一回」でも分析的にできる、という平行移動仮説水準のレベルにとどまっている。そして後者をPOST(精神分析的サポーティブセラピー)としている。つまりは「週一回」を「コンセンサス」をもとに概念化したものが、POSTというわけである。
このPOSTの概念的な位置づけについては、山口氏が以下にまとめている。それによると分析においては【分析的】では転移を集めるが【心理療法】(すなわちPOST)では「転移―逆転移についての理解は治療者のこころの中に留め置く」(岩倉ら、2023)という。それはまた転移を「拡散する」とも表現されている(山崎、p81、山口p246,247)。というのもPOSTはなるべく転移を扱わないというのが一つの方針としてあげられるからだという。そしてPOSTでも転移は起きるが、扱わずに「心に留め置く」という。他方では【分析的】は要するに「準」精神分析だから、無意識も転移も扱うということになる。
このPOSTについては「POSTー精神分析的サポーティブセラピー、岩倉他著、金剛出版、2023年)に詳述されている。そこではPOSTは以下に定義されている(p4)
①目標は適応状態の改善である。②無意識については扱わず(言及せず),意識を大切にする。
③転移一逆転移についての理解は治療者の心の中に留め置く。④見立てや理解は常に精神分析理論に基づく。⑤自我に注目し、自我を支持する、つまり退行抑止的に関わる。⑥自我にかかっている負担軽減を目的として,必要に応じ環境調整やマネジメント作業を行う。⑦自我を支え、補強することを目的として,励まし,助言などの直接的な介入も用いる。⑧転移を扱わないため,治療構造や頻度,終結についての扱いは柔軟で多様である。
転移逆転移は、POSTの治療者は心には思っても扱わない(言及しない)とある。かなりあっさりと転移を扱うことをあきらめた感があるが、それは。POSTにおいては「『無意識の意識化』や内省の促進を期待するのではなく」、「『前意識の意識化』によって自分自身や自分のパターンの認識が広がり、結果として他のPOST技法と同じく発達促進的に作用する」事を目指すという(p178)。そしてPOSTでは解釈を「心に留め置く」解釈と「伝える」解釈とに区別する。「心に留め置く解釈」には「今、ここでの転移解釈」が、「伝える解釈」には一般的な解釈や転移外解釈が含まれる。この伝えるか伝えないかに関しては、Roth(2017)のレベル1~レベル4の転移解釈のレベルの考えを援用している。1、とは転移外解釈、2は非特異的転移解釈、3は今、ここでの特異的解釈、4は逆転移を含みこんだ理解に基づく3,ということになる。
このレベル1→4とは結局どれくらい深いか、どれくらい無意識レベルに踏み込んでいるか、ということになる。そしてPOSTが、1,2についてのみ「伝え」、3,4は「心に留め置く」ということは、1,2は前意識レベル、3,4は無意識レベルということになる。ここで少し理解しづらいのは、「今、ここ」の解釈は3に属するからPOSTでは扱わない、という点である。たとえば「だれかにそばにいてほしいと思っていたのですね」は2であり扱えるが,「ここで私にもそばにいてほしいと思っていたのですね」だと3になり、それは伝えない、ということになる。