岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist

精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる

2021年2月17日水曜日

儚さ 6

›
  上述のホフマンの業績を高く評価し、弁証法的構築主義の死生学とのかかわりを深く論じたのが Slavin である。 Slavin, MO. (2013) Meaning, Mortality, and the Search for Realness and Reciproci...
2021年2月16日火曜日

儚さ 5

›
    この「儚さ」の論文をフロイトの事実上死すべき運命 mortality  についての議論あるとみなすという立場は  Irwin Hoffman (1998) により明確に示された。 Hoffman  は精神分析の文脈で 死生観の問題について他に類を見ないほどに透徹した議論を...
2021年2月15日月曜日

儚さ 4

›
  注 1) この「儚さ」にこの先論じる上で言及すべきなのは、 Matthew von Unwerth という人の” Freud ’ s Requiem : Mourning, memory and Invisible History of a Summer Walk ” (2...
2021年2月14日日曜日

儚さ 3

›
  ここでこのエッセイにおけるフロイトの主張の要旨としては以下の二点があげられるであろう。 主張1 対象を失うことによるつらい喪の体験はやがて終結し、人は再び新しい対象を求めることができる。 主張2 対象は、それが儚さを有することで、その価値や美を高めるのである。  ...
2021年2月13日土曜日

儚さ 2

›
  このようにフロイトの議論は対象や人を失うという体験についてのものである。しかしこのエッセイはまた人の命の儚さ、死すべき運命についても間接的に触れているようにも思われる。 Freud appears to be hinting at his attitude toward ou...
2021年2月12日金曜日

儚さ 1

›
  死生論の論文も少しずつ形が出来てきた。 英文に少しずつ変えながら書き進めていく。 何しろもう3か月くらいこのテーマを考えている。自分の中で固まっていない内容を論文化するのは、これほど時間がかかってしまうのだ。 Freud’s “On Transience” フロイトの「無常に...
2021年2月11日木曜日

CPTSDのエッセイ 3

›
  さてここで問題なのは、この DSO が、 CPTSD をしっかり反映しているかということだ。しかしその前に、では CPTSD は便利なラベリングだという私の考えについて説明したい。私自身が CPTSD に対して持っているイメージを考え、それが実際の診断基準とどの程度マッチして...
‹
›
ホーム
ウェブ バージョンを表示

自己紹介

自分の写真
ken Okano
1956 Born in Chiba, Japan. 1982 Graduated from Tokyo Univ.Med.School. 1989~1993 Trained at Menninger School of Psychiatry. 2000. Board Certified psychiatrist in US. 2004~2014 Professor at International University of Health and Welfare, Tokyo. 2014~ Professor at Kyoto University, Graduate School
詳細プロフィールを表示
Powered by Blogger.