2025年5月11日日曜日

パニック推敲 その3

  パニックや不安を抱える患者への力動的なアプローチはこのような認知的なレベルでの治療を除外するものでは決してなく、むしろそれを行う治療者との関係性を重んじ、また治療作業が安全に行われるような場を提供することを心がける。私はかつてCPTSDの精神力動的な治療として以下の幾つかの項目にまとめたが(岡野、2021)、それはパニックと不安の力動的なアプローチにも概ね当てはまると考え、以下にそれを示す。

1.治療関係の安全性を確保し、それが基本的には癒しを与えるものとなることを心がけること。

2.トラウマ体験に対する治療者側の中立性を守ること。

3.愛着トラウマの視点を常に保つこと。

4.解離の概念を重視し、それが治療場面で立ち現れる可能性を常に念頭に置くこと。

5.関係性や転移、逆転移の視点を重視すること。


 これらのうち特に1と3に関しては、治療関係そのものが愛着トラウマの再現とならないような安全性を保障するものとして考案される。そしてそれは現代の精神分析において提唱されている「愛着を基盤とした精神療法」の基本指針に概ね沿ったものである。この精神療法を提唱するJ.Holmes は、治療者―患者の脳生理学的な同期 synchrony を重視し、それが治療における「変容性を持つ瞬間 mutative moment」 に重大な影響を及ぼすとする。そしてそのために治療態度としての徹底した受容 radical acceptance を重視する。それは患者の情動的な関係性の世界のvalidation を解釈に先立つものと考えるからである。さらに同療法ではメンタライゼーションは前頭葉-扁桃核の連結を促進すると考える。治療者に必要なのは sensitivity であり、それにより愛着関係に類似の環境を形成することと言えるであろう。

 ちなみに以上の治療方針のうち5.に相当し、精神療法の中でも葛藤モデルに基づき、特に怒りやネガティブな情動との関連に積極的に光を当てる試みも見られる。最後にその様な立場からのアプローチについて紹介しよう。


Milrod らの「パニックに焦点付けられた力動的精神療法」

  

(中略)


まとめ

  本稿では精神分析的・力動的な立場からのパニック・不安の理解について示した。パニックや不安は複雑な病態であり、またそれを扱う精神力動療法も極めて複合的なものであり、やや議論が錯綜した感がある。しかし現在の精神分析が脳科学や愛着理論を取り込んだグローバルな視点からパニックや不安に取り組んでいる事情はある程度示せたかもしれない。