幼少時の愛着の問題が見られる場合は、力動的なアプローチはより錯綜したものとなる。そこでは愛着トラウマに関連した棄損された自己イメージや対人関係上の問題が扱われることになるからだ。そしてそれはいわゆる複雑性PTSD(以下、CPTSD)における「自己組織化の障害」に対するアプローチに相当すると考えることが出来るであろう。筆者は特に原田誠一先生の示した治療指針を参考にしたい。(原田、2021、p118)原田先生はCPTSDが関わる幼少時の繰り返されるトラウマを「複雑性外傷記憶」と呼ぶが、これはアラン・ショアの言う「愛着トラウマ」にほぼ相当するものと思われる。そしてそれに対する認知療法的なアプローチを提唱する。その中でも外傷記憶の活性化により「友好・安心モード」から「敵対・混乱モード」に移るという図式を示し、それを心理教育も含めて治療のターゲットの一つとする。これは患者が示す問題について、それを認知的、行動的なレベルでの表れにフォーカスを絞った治療方針として非常に有効と思われる。
パニックや不安を抱える患者への力動的なアプローチはこのような認知的なレベルでの治療を除外するものでは決してなく、むしろそれを行う治療者との関係性を重んじ、また治療作業が安全に行われるような場を提供することを心がける。私はかつてCPTSDの精神力動的な治療として以下の幾つかの項目にまとめたが(岡野、2021)、それはパニックと不安の力動的なアプローチにも概ね当てはまると考え、以下に列挙する。
1.治療関係の安全性と癒しの役割。
2.トラウマ体験に対する中立性。
3.愛着トラウマの視点。
4.解離の概念の重視。
5.関係性や転移、逆転移の視点の重視。
これらのうち特に1と3に関しては、治療関係そのものが愛着トラウマの再現とならないような安全性を保障するものとして考案され、現代の精神分析において提唱されている「愛着を基盤とした精神療法」の基本指針に概ね沿ったものである。この精神療法を提唱する J.Holmes は、治療者―患者の脳生理学的な同期 synchrony を重視し、それが治療におけるmutative moment として重大な影響を及ぼすという。そしてそのための治療態度として「徹底した受容 radical acceptance 」を重視する。それは患者の情動性や関係性の世界の validation を、解釈に先立つものとして重視する。さらに同療法ではメンタライゼーションは前頭葉-扁桃核の連結を促進する。そしてそこで治療者に必要なのは sensitivity である。ある意味でこの治療法は愛着関係に類似の治療環境を形成することを最重要と考えているといえる。
ちなみに以上の治療方針のうち5に相当し、特に怒りやネガティブな情動との関連に積極的に光を当てる試みも見られる。そこでの様々な情動や心的葛藤とパニックや不安との無意識的な結びつきに注目するという方針もまた無意識的なネットワークの改変につながる可能性がある。最後にその様な立場からのアプローチについて紹介しよう。