岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist
精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる
2019年9月17日火曜日
フェレンチ再考 6
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ラックマンはこの論文でフェレンチが患者と性的な関係にあったことを示唆するエピソードは二つあるという。一つはエルマ・パロスとの関係、そしてもう一つはクララ・トンプソンの「フェレンチ・パパはいくらでもキスをしていい、と言ったのよ」という言葉だ。この問題で業績の多い André ...
2019年9月16日月曜日
フェレンチ再考 5
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フェレンチの悪名高き「相互分析」 私自身はフェレンチに対して相当寛容であり、味方であったと思っていたが、いろいろ読んでいくうちにそれでも彼に対する偏見があったと思わせられる。米国でフェレンチの復権に大きな貢献をしている分析家 Arnold Rackman の論文を読むう...
2019年9月15日日曜日
日本における母子関係 3
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結論から言えば、 SSP の研究はこれから下火になって行ったわけである。どうしてだろうか ? 日本で A がゼロで、 C が少し多かったという三宅の研究は、要するにそれが愛着の失敗を表しているというよりは文化差を表現しているという事になった。という事はこの研究の前提が崩される...
2019年9月14日土曜日
フェレンチ再考 4
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ところで Aron, Harris が強調しているのは、フロイト・フェレンチ関係において、フェンチは後の精神分析に向けて極めて重要な問題を提起しているという事だ。経験か洞察か、主体性か理論か、共感か解釈か、二者心理学か一者心理学か。もちろんフェレンチはこれらのうちそれぞれ前項...
2019年9月13日金曜日
日本における母子関係 2
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ここで愛着についての少し学問的な話だ。これがないとアカデミックな論考にならない。日本人の母子は結局一緒にいることでどのような違いが生まれるのだろうか。その参考となるのがストレンジ・シチュエーション・プロシージャ―である(長いので今後は SSP と表記)。例のエインスワースが...
2019年9月12日木曜日
フェレンチ再考 3
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さてフロイトとフェレンチとの対立が何に由来するのかについては議論が多い。ここでは 3 つの説を唱えたい。 1. フェレンチの患者を愛で救おうとする治療技法をフロイトが問題視した。(多くの分析家の意見) 2. フェレンチのトラウマを病因とする態度をフ...
2019年9月11日水曜日
日本における母子関係 1
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日本における母子関係 このテーマで書かなくてはならない事情がある。もちろん論じるべきテーマは数多くあるが、問題は日本における母子関係は徐々に変わりつつあるという事である。だから「日本の母子関係はこうである ! 」というものはなかなか提示できない。「それは昔の話でしょ ...
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