岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist
精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる
ラベル
怒りの芽
の投稿を表示しています。
すべての投稿を表示
ラベル
怒りの芽
の投稿を表示しています。
すべての投稿を表示
2011年2月25日金曜日
治療論 その22.治療者は「怒りの芽」を羅針盤に使う(3)
›
このテーマをもう少し続けるが、「怒りの芽」がなぜ大切かについては、私の個人的な体験を説明するとわかりやすくなるだろう。(このままだときっと誤解を生んだままである。)私のように「気弱」で優柔不断だと、人から何かを頼まれるとそれに流されやすい。限界を設けること、つまり「ここまでにしま...
2011年2月24日木曜日
治療論 その22.治療者は「怒りの芽」を羅針盤に使う(2)
›
昨日の発言は明らかに説明不足だったと思うので、付け足し。 ある患者さんの治療時間の後に、治療者が待合室を通りがかった際に、その患者さんに呼び止められたとする。彼は治療者に尋ね忘れたことを思い出したので、ほんの1,2分だけ話したいという。治療者はそれにどう応じようかと迷った後に、...
2011年2月23日水曜日
治療論 その22.治療者は「怒りの芽」を羅針盤に使う
›
怒りの問題は「気弱な精神科医・・・」の「汝怒るなかれ」の章とか、このブログの「怒らないこと」シリーズ(2010年8月後半から9月半ばまで)で扱ったことであるが、治療論にはあまり組み込んでいなかった。 時々聞く言葉。「先生に怒られて目が覚めました」(ある患者さんの言葉)とか「子供...
›
ホーム
ウェブ バージョンを表示