演者加藤先生のもう一つのテーマについても論じなくてはならない。演者は、マイクログリアと死、および生の本能というテーマで語る。演者はマイクログリア microglia という神経膠細胞の一つに属する脳内の免疫細胞(以前は脳内マクロファージとも呼ばれていた)についての研究を行っているが、それが様々な精神疾患の際に過剰活性化を見せることに注目した。マイクログリアはミノサイクリンという抗生物質によりその活性化が抑制されることも知られているが、それが演者の研究において大きな役割を果たす。つまりミノサイクリンにより、マイクログリアの活性をいわば人為的にコントロールすることが出来るからだ。 それらを前提とするならば、マイクログリアが自殺した患者の死後脳や自殺念慮を有するうつ病患者において過剰活性化が見られるという報告の示唆するところは大きい。これはドイツのヨハンスタイナー博士らの研究にも呼応している。彼は統合失調症やうつ病患者の脳内のマイクログリアの高活性についての研究を報告しているという。その現象は前帯状回、背外側前頭前野、島、海馬、視床などに広く見られるという。 演者の行なった画期的研究では、いわゆる信頼ゲームを、ミノサイクリンを内服する被検者とコントロールで比べたというものである。するとミノサイクリン内服群(すなわちマイクログリアの活性を抑えられた人たち)はこの信頼ゲームにおいて強面の男性プレイヤーや、魅力的な女性プレイヤーに対する過剰な協調的行動が抑制されたという。そしてそれがマイクログリアによる生の本能や死の本能との関りを意味しているのだというが、この解釈は少し複雑で異論も多いかも知れない。なおウイルス感染のみならずストレスがマイクログリアを活性することが知られており、孤立や拘束でも同じことが起きるということは、トラウマ的な状況においてこれが活性化されることを意味するということにもなろう。ここら辺はトラウマとの関連で重要であろう。 ちなみに演者の説明によればマイクログリアは種々のサイトカインを産生し,その中には炎症惹起性(TNF-α、nitric oxide )だけではなく、脳保護的なサイトカイン(BDNF など)も含まれるという。つまりマイクログリアの活性の上昇は、生の本能にも、死の本能にも関係しているというわけである。ちょうどオキシトシンには相手への親愛の情と攻撃という二面性を持つように、マイクログリアの生体に意味するところも複雑で二重性を帯びているということだろう。