2025年5月8日木曜日

週一回 その1 

 これまでの「関係論とサイコセラピー」を今回から「週一回」と改名して引き継ぐことにする。

はじめに

 この論考は我が国の精神分析学の世界において過去10年余り継続的に議論が行われている、「週一回精神分析的サイコセラピー」というテーマに関して、新たな視点から考察を加えることを目的としている。

 このテーマについての議論は当学会で大きな盛り上がりと学問的な進展をもたらしている。その流れを俯瞰した場合、そこに様々な議論が存在するものの、一つの方向性がみられる。それは精神分析がもたらす治癒機序について、いわゆるヒアアンドナウの転移解釈が最善のものであることであり、それは週4回以上の精神分析を前提としたものであるということだ。したがって週一回の精神療法においてはそれを十分に治療的に扱えないという考え方である。その議論そのものは一貫し、整合性のある議論と言える。しかし他方には、精神分析理論を学び、その影響を大きく受けた治療者が行う精神療法は、その多くが週一回ないしはそれ以下の頻度で行われているという現実がある。そこで転移を治療的に扱うという精神分析的な手法の有効性が制限されることは、非常に残念なことではないだろうか。
 現代の精神分析は多元的であり、治癒機序に関しても様々なモデルが提案されている。その視点から、海外の文献を参照しつつ、週一回の精神療法における転移の扱いについての妥当性について検討を加える価値があろう。


「週一回精神分析的サイコセラピー」をめぐる議論

「週一回精神分析的サイコセラピー」というテーマに関しては、それを包括する内容の学術書(1)が昨年出版され、またそれと密接な関係にあるいわゆる精神分析的サポーティブセラピー(いわゆる「POST」、岩倉ほか、2023)と略記する)という試みの存在も見逃せない。我が国における若手の精神分析的な臨床家たちが一つのテーマについての議論を重ね、一つの流れを生み出していることは非常に頼もしく、また心強い動きである。
岩倉拓ほか著(2023)POST 精神分析的サポーティブセラピー. 金剛出版.
高野晶、山崎孝明編 (2024) 週一回 精神分析的サイコセラピー. 遠見書房.

「週一回サイコセラピー」(以降は「週一回」と略記する)の流れについては、実は「週一回精神分析的サイコセラピー」に詳しくまとめられている。「週一回」の議論の火付け役としての役割を果たしたのが、もと精神分析学会長の藤山直樹氏である。藤山氏は2014年に精神分析学会の会長を退く際の「会長講演」で、週4回以上のカウチを用いた精神分析による治療は、週一回の精神療法とは質的に異なるという点について論じた。この背景にあるのは、1993年のいわゆる「アムステルダムショック」という出来事であり、それまでは我が国では「週一回」がほぼ精神分析とみなされていたという背景がある。その後は一方では週一回の精神療法を週4回の精神分析とは異なるものという認識が生まれたものの、この事実に対する「見て見ぬふり」(山崎、2017)が存在していたとされる。藤山氏の講演はこの点を正面から取り上げたのである。


(以下略)