2025年5月27日火曜日

遊びと愛着 推敲 11

 昨日はいきなりチャット君に脳の同期化のことを尋ねて協力してもらって書いたが、それにしても同期化は驚きの現象である。二人の脳波がなぜ同期化するのか(同期化とは周波数のみならず位相も一致するという、いわゆる「PLV」という現象である)。二つの脳は電気的につながってはいないのに、である!!!

例えば寮生活を送っている女子たちの生理のサイクルが同期化する、という例は、なんとなくわかる。何らかの匂いとかフェロモンとかを介して彼女たちの間で影響を及ぼしあうことなどは容易に想像される。あるいは蛍の光の有名な同期化の例も、それぞれの蛍が周囲の個体の発光を視覚的に追ってそれに自分が合わせるというプロセスも想像しやすい。この間行ったさだまさしのコンサートでも、アンコールのための拍手はすぐ同期化してジャン、ジャン、ジャン・・・となった。これもわかる。耳で聞いて周囲の拍手に自分の拍手を合わせるなど簡単なことだ。しかし脳波がなぜそのような現象を起こすのか。他人の脳波など感じる事すらできないのに。
 そこでこの同期化が治療にとっても必要であると述べているHomls(「愛着を基盤とした精神療法」の提唱者)の、昨年邦訳が出された「心理療法は脳にどう作用するのか」(筒井亮太訳、岩崎学術出版社、2024)を読み直してみよう。たとえば「第3章 関係性神経科学」にはそのことがたくさん書いてある。
 読みだして彼の描いていることの重要さが改めて分かった。実は私は本書の「まえがき」を書かせていただいたので、結構内容を把握しているつもりだったが、全然わかっていなかった、というより忘れていた。AIについて少し学んだあとで読むとまた全然違うのである。Holms はまさに脳をAI的に理解しているのだ。ちなみに Holms のとても短い文章がタダでダウンロードできる。

Holmes J, Slade A. The neuroscience of attachment: implications for psychological therapies. Br J Psychiatry. 2019 Jun;214(6):318-319.

そしてそこにこう書いてある。There is a built-in tension between clients' clinging to insecure modes of relating and therapists' attempts to instantiate active inference. For psychodynamic therapists, this forms therapy's main point d'appui: confounding transferential expectations, offering the client the freedom to think and speak in an unconstrained, non-judgemental atmosphere while recognising that – initially at least – such overtures are likely to be ignored, mistrusted or actively rejected.

実はこの文章の中の “therapists' attempts to instantiate active inference” の部分が今一つ分からなかった。そこでダメもとでチャット君に聞いてみると、非常に明快に教えてくれた。要するに active inference (能動的推論)とは「脳が環境とのズレ(不確実性)を最小限にしようとする能動的なモデル更新のことだという。そしてそれは Predictive coding(予測符号化)モデルの応用として登場したというのだ。人は「自分の世界観(予測モデル)」と現実に差が出ると、それを埋めようとする。その手段としては自分の予測を修正する(内的な変化)か、環境や相手を変えるように働きかける(外的な行動)かのどちらかだ。そして instantiate active inference とはクライエントの予測誤差を減らすような体験を、治療者が意図的に“現実のやり取り”として提供することだという。ひえー!この3つの単語にそんな深い意味があったなんて!つまり「アクティブ・インファレンスの実現」とは治療者が行動を通じて、クライエントの世界観の“ズレ”を減らすための具体的経験を提供しているというのである。
そしてチャット君は以下の具体例を挙げてくれた。

否定されることを予期しているクライエントを例に取ろう。
クライエント:「どうせ私なんか、何言ってもわかってもらえないんです。」(彼の脳の“予測モデル”は「他人は冷たい」である。)
治療者:「そう感じること自体が、あなたにとってどれだけ孤独だったか、僕はとても想像しています。」(治療者は予測モデルを“裏切り”、新しい関係モデルを提供している。)

Holms としてはこのような営みを通じて治療者と患者の心の同期化を行うのがメンタライゼーションであると考える。上の例で分かる通り、患者がある種の治療者に対する誤った推論を持ち込み、治療者はそれに対してそれを修正するようなアプローチをする。そうしてお互いの思考の誤差を狭めていくのが治療であるという。そして治療者の役割として出てくるのが、「借り出された脳モデル」である。