2025年4月17日木曜日

不安とパニックと精神分析 推敲 4

パニックや不安へのより精神分析的なアプローチ

 以上検討したように、パニック障害はストレス―脆弱性モデルによくあてはまるため(Kendler, 1992)その治療手段は薬物療法やCBTが主流となる。しかしそれだけでは改善しないことも多く、本当に治療するためには力動的な治療が必要であるという立場もある(Milrod)。やはり海馬―皮質系の関与によるトップダウン式の治療が必要となり、そこに精神療法の出番があるということだ。つまりこれはおそらくCPTSDと同様の治療的なアプローチが必要ということになる。

最初に当論考のタイトルを「精神力動的 psychodynamic 」な(「精神分析的 psychoanalytic な」とせず)立場からパニック・恐怖と不安の理解」としている理由について述べたい。「精神力動的な精神医学の臨床実践 psychodyamic psychiatry in clinical practice」で Gabbard が述べるように、精神力動学は精神分析に多くを負っているものの、そこで主として用いられる葛藤モデルだけでなく、いわゆる欠損モデルをも取り込んだ、生物学的心理的社会的精神医学という包括的な概念である。そして「私たちの精神活動はもっぱら無意識的であり、環境における社会的な影響力が遺伝子の表現を形作り、心は脳の活動を反映するという考え」に基づく(Gabbard p.4)。以下に述べるようにパニックや不安は脳生理学的なメカニズムやトラウマ、愛着などを考慮する必要があり、その臨床的なアプローチは精神分析的である以上に精神力動的でなくてはならない。

しかしパニックや不安に対して、より精神分析的なアプローチも提唱されている。

精神分析的なアプローチ ― Bush & Milrod 

Busch とMilrod は1997年にパニック障害の力動的治療のマニュアルを発表した。

Milrod, B.L. & Busch, F.N. eds. (1997)  Manual of Panic-Focused Psychodynamic Psychotherapy. Amer Psychiatric Pub Inc.

1997年にこの著書が出された背景としては、パニック障害はCBTと薬物療法が主たる治療手段になっていたが、やはりすぐぶり返してしまうので、本当に治療するためには力動的な治療が必要であると考えられたそうだ。そこで彼らは週二回、全体で24回のセッションからなる治療法のマニュアルを発表した。そして2013年にはその適用範囲をDSM-IVにおける不安性障害とクラスターCパーソナリティ障害に拡大した論文を著している。

Busch, F. N., & Milrod, B. L. (2013). Panic-Focused Psychodynamic Psychotherapy–Extended Range. Psychoanalytic Inquiry, 33(6), 584–594.

Milrod によるこの治療法は以下のように概念化されている。(以下、2013年の文献の抄録から)

パニックや不安においては分離、自立、怒り、罪悪感をめぐる精神内界における葛藤がパニックの発症とその継続に関係しているという。そして治療ではパニック発作の意味や状況を検討し、それに関係した精神内界の力動、発達の要因、転移などについて検討することで、それらの力動の認識と理解を高めることが必要であると言う

 ところでこの論文にはケースが出てくるが、その治療プロセスで印象的なのは、治療の記録を読む限り、普通の分析的な精神療法とあまり変わらないということだ。治療者は患者に自由に話してもらい、その転移について扱う。しかし実際は治療者はパニックや不安に関連した葛藤や分離の問題を繰り返し扱うのだという。そしてこのケースに見られたように患者の様々な症状の背後に抑圧された攻撃性や性愛性を見出すという伝統的な考えに沿ったものという印象を受ける。

この研究は同じ24セッションの応用弛緩法 applied relaxation therapy との比較において行われる。この研究に出てくるPSRF (panic-specific reflective functioning パニックに特化した内省機能)というスケールが興味深い。つまり患者がパニックに関わるその他の感情にいかに内省的かを測る指標であり、それはこの治療の前と後で明らかに下がっているというのだ。このようなスケールを用い、その点数が治療によって下がり、また患者のパニックやその他の不安症状が低下したという報告を読む限りは、パニックや不安が「抑圧された様々な感情の表れ」であるという仮説を受け入れざるを得ないであろう。その意味ではうまくデザインされた研究である。