岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist

精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる

2017年7月22日土曜日

解釈と共感 書き直し ④ 大文字のD 書き直し ⑤

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そもそも精神療法とは何をするところなのか ここからは、本発表の後半部分である。前半では、治療者の役割のうちの解釈部分は、治療者が自分の無意識を知りたいという前提があって意味のある介入ではあるものの、そこで主要な意味を持つのはオブザベーション(指摘)であるという内容だった。し...
2017年7月21日金曜日

解釈と共感 書き直し ③ 大文字のD 書き直し ④

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私たちがせいぜい求めているのは洞察である 少なくとも私たちは共感だけではなく、自分について知りたいという部分を持つことがあることを示したつもりである。しかしそれは解釈のみによりもたらされるわけではない。そのことを示してみよう。 まず洞察とは何か ?  ここで分析協会の ...
2017年7月20日木曜日

解釈と共感 書き直し ② 大文字のD 書き直し ③

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人は自分の無意識を知りたい、とは神話ではないか? 私はここで解釈ということの意味について考えたいと思う。私たちが解釈ということの意味を考える時の前提となるのが、私たちが自分自身の本当の姿、自分自身の中に隠された部分を知りたいという願望、ないしはその必要性を前提とする考え方で...
2017年7月19日水曜日

大文字のD書き直し ②

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A short vignette Ms.A, a female client in her late twenties has been in psychoanalysis for the past three years. One day, when a child ...
2017年7月18日火曜日

解釈と共感 書き直し ①、大文字のD書き直し ①

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これもまだ引きずっているなあ。書き直しだが、最初の部分はあまり変わらない。 ▼「共感と解釈」について― 本当に解釈は必要なのか ? 精神分析の世界ではとかく、共感と解釈は両極端のものと考えられやすい。そして決まって「共感ばかりでは患者さんの心には洞察が得られないだ...
2017年7月17日月曜日

ほめる に難航している 2

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親が子をほめる さて以下は各論であるが、これまでの議論を下敷きにしたい。 親として子をほめる場合は、独特の事情が加わる。思い入れだ。私自身の体験を踏まえて論じるのであるが、自分の子供の達成をどのように感じるかは、親がどれだけ子供に感情移入をしているかに大きく影響...
2017年7月16日日曜日

ほめる に難航している 1

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「褒める」原稿がまとまらない。迷走をしている。何度も書き直している。 日本人にとっての「ほめる」  はじめに 「ほめる」とは非常に挑戦的なテーマである。心理療法の世界ではある意味でタブー視されていると言ってもいいだろう。精神分析においては、その究極の目的は患者...
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自己紹介

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ken Okano
1956 Born in Chiba, Japan. 1982 Graduated from Tokyo Univ.Med.School. 1989~1993 Trained at Menninger School of Psychiatry. 2000. Board Certified psychiatrist in US. 2004~2014 Professor at International University of Health and Welfare, Tokyo. 2014~ Professor at Kyoto University, Graduate School
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