岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist
精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる
2015年4月14日火曜日
精神分析と解離(8)
›
フェレンチについて書き足りないことがある。それは森茂起先生の本にもあるのだが、フェレンツィ自身に性的被害の過去があったことを述べているということだ。フェレンツィは RN という相当パワフルな患者との治療で、自らが患者に分析されるということも含めた相互分析という試みを持つ。これは...
2015年4月13日月曜日
精神分析と解離(7)
›
フェレンチ、すごい! 解離の議論を誰が先取りしていたか、と言う話だが、マッソンがフェレンチのことをあれだけ取り上げたのもわかる気がする。 1932 年、すなわち彼がなくなる一年前に発表した「言葉の混乱」は、精神分析の世界ではあれだけバッシング ( というより無視、という...
2015年4月12日日曜日
精神分析と解離(6)
›
マッソンのこの本( the Assault on Truth, 1984 )自身も決して評判がよくなく、この種の本にしては珍しく、日本語訳もないが、おおむねにおいて史実は間違っていないだろう。それによると 1930 年代に、フェレンチは、フロイトが捨てた考えに行き着いてしまった...
2015年4月11日土曜日
精神分析と解離(5)
›
ヴァンデアハート先生によれば、( Dbook,P10 ) 19 世紀、 20 世紀と、解離の議論は分析でも非分析の世界でもあったが、微妙にニュアンスが違っていたのだという。後者は二つの点を前提としていた。 1. ストレスに出会うと、心の統合能力が一時的に損なわれる。 2...
2015年4月10日金曜日
精神分析と解離(4)
›
「防衛神経精神病」( 1894 ) SE3 P46 を読んでみる。 私は結局、恐怖症と強迫神経症と、ヒステリーは同じようなことが起きている、と言いたいのだ。ジャネやブロイアーの仕事によれば、ヒステリーとは一種の意識のスプリッティング splitting of CS ...
2015年4月9日木曜日
<治療者の心性> 最終稿
›
関係精神分析的な治療者には、ある種の世界観が共有されている。それは世界が基本的には不可知的で予想不可能であるということだ。患者の言動の力動的な背景も、治療者の患者への語りかけの影響も、正確には知りえない。 Irwin Hoffman は精神分析的な真理は、「フロイトが考えた...
2015年4月8日水曜日
あとがき
›
本書は私の解離に関する臨床研究の● 冊目のモノグラフである。解離性障害についての本格的な臨床を開始してもう 10 年以上が経過しているが、これらの● 冊には私が解離を考える上での思考の流れが示されているといえるかもしれない。私の日常はしかし、解離の理論の発展というよりは、日々の...
‹
›
ホーム
ウェブ バージョンを表示