岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist
精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる
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親子の関係
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2011年8月25日木曜日
「母親病」とは何か?(最終回)
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もういい加減にやめる。やはりこの問題、私はわかっていない気がする。それに実は予定が違って「対人恐怖」についてまとめなくてはいけなくなってしまったのでそちらをやらなくてはならない。(こちらの話。) 「母親病」との関連で思うこと。人間にとって強迫とは何か。これって実に本質的である...
2011年8月23日火曜日
「母親病」とは何か?(11)
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ライバル意識について書くつもりだが、これもよくわからない。私が直接体験としてわかるのは、父息子関係である。私は息子をライバルとして意識することがある。これは彼がごく小さいころから起きていたことだった。神さんと深い関係にある男性という意味では私と息子は同格ということになる。人間と...
2011年8月22日月曜日
「母親病」とは何か?(10)
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精神科の臨床をやっていると、「理由はさっぱりわからないが~ということが見られる。」ということがある。その一つが罪悪感、後ろめたさ、というものである。例えば私なら「漫画を読むこと」に後ろめたさがある。もちろんそれにはそれなりの背景があるが、親の教育とばかりはいえない。例えば私は子ど...
2011年8月21日日曜日
「母親病」とは何か?(9)
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香山リカさんの本は、実は信田さんや斉藤さんの本を読んだうえで書かれているために、それらを俯瞰するうえでも都合がいい。そのうえで彼女が「親子病」という呼び方を用い、「子供は健康な状態で誕生し、その瞬間に親子という病の病原菌に感染し、それで健康をむしばまれて、最終的には死に至る。」...
2011年8月20日土曜日
「母親病」とは何か?(8)
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昨日の続き。もうどこで何度書いたかもわからない例だが、もう一度だそう。ある成人した娘が外出する際に母親に、「その黄色は似合わないわね。」と言われて激高する。「お母さんは私に着るものの選択さえ自由にさせてくれないのね。これまでいつもそうだったじゃない!」母親はそれに対して「あきれた...
2011年8月19日金曜日
「母親病」とは何か?(7)
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ということでいよいよ本題である母娘の問題に入るのであるが、やはりこの問題、私はよくわかっていない。当たり前のことだが自分に引き付けて考えられない以上、どうもピンとこない。ただ患者さんたちからはかなりたくさん聞いているので、それからいろいろ想像することになる。 ちなみに私は母息...
2011年8月18日木曜日
「母親病」とは何か?(6)問題は母子一体願望なのか?
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この母親との問題は、私の受けた分析の中でもしばしば話題に出た。そのころのことを思い出すと、私は結構当時回りにいた分析家たちの影響を受けていたことがわかる。メニンガーで私が非常にお世話になったある先生は、ラカン派といってもいいくらいに彼の理論を頻繁に口にした。ラカンを通したフロイト...
2011年8月17日水曜日
「母親病」とは何か?(5)
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「私に先立ってはいけない」 保坂正康「『特攻』と日本人」(講談社新書)をめくっていたら書いてあったが、特攻隊として死地へ旅立っていく若者の多くが懸念していたことがある。それは「母親を悲しませることに忍びない」ということだった。「先立つ不孝をお許しください。」とはそのことだ。 ...
2011年8月16日火曜日
「母親病」とは何か?(4)
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母親病が生じるもうひとつの非常に重要な要素がある。それは幼少時は、母親が絶対的な位置にあるということだ。(書いてみるといかに陳腐だが。) 何しろ母親がご飯を作ってあげない!というだけで食事にありつけないということがおきうる世界である。(外国の少し古いドラマなどを見ると、実際にこの...
2011年8月15日月曜日
「母親病」とは何か? (3)
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私の経験からは、母親から注がれる視線そのものが非常にキツい。電話で話をしていてさえも、その「視線」を浴びている感じがしてたまらなくなる。大学生の頃や勤め始めた頃は半年とか一年ぶりに会うということがあったが、「ちょっと痩せたんじゃない?」、とか「ちゃんと食べているの?」というコメン...
2011年8月14日日曜日
「母親病」とは何か? (2)
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さて香山さんの親子という病は、もっぱら母娘のことを言っているということは断っておかなくてはならない。それに比べて私が言っているのは母息子の話だ。話がずれている。しかしこれは私が息子であり、この問題についてより切実に考えるという立場にある以上避けられない切り口なのだ。あとで母娘の関...
2011年8月13日土曜日
「母親病」とは何か(1)
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とある事情があり、親子病について書く。「母親病」とは知り合いの香山リカさん(彼女がこのように呼んでいいと許可済み)の本に、親子は、最初から病気である、と書いてあったからだ。おそらく彼女の書いていることは私の思いとはまったく同じではないが、似ているところは多いと思う。 昨日神さん...
2010年11月7日日曜日
親子の関係 (2) なぜ親は救いようがないのか。子供に関しては「病気(ビョーキ)」だからである
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まあ、私が親であり、すくいようのない立場になっているから、こんなことも書けることなのだが。 親は、子どもに対して「神経症」いやむしろ「心気症」や「強迫神経症」のような状態になっているのだ。例えば足のかかとの裏の皮が、「ちょっとでも段々になっていると、平らになるまで剥かなくては気...
2010年11月4日木曜日
フランス留学記(1987年) 第八話 パリ最後の夏(2)
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唐突だが、親にとって子供とはどんな存在だろう。順調に育ってくれたら独り立ちをして出て行く。するともう簡単には帰ってこない。あれだけ何年も一緒に過ごした息子が、もう盆暮れに数日帰ってくるかこないか。いやそのうちに半年に一度電話だけ、ということになる。(私の両親は健在だが、今の私は彼...
2010年10月30日土曜日
快楽の条件 5-1. 人から与え続けられる恩恵は時とともに快楽的要素のほとんどを失う
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大型の台風14号が今関東地方を直撃しつつある。10月の台風が列島を襲うのは珍しいそうだ。こういう日は私の妄想が膨らむ。「決して雨が降らない、そして決して寒すぎることのないところで暮らしたい。」そしてこれは案外簡単に「引きこもり願望」へと繋がる気がする。 さて今日のテーマ。これ...
2010年9月8日水曜日
親子の関係 1. 「もうそういうのやめようよ」
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私と神さんは今子離れの練習をしている。つい先日こんなことがあった。夏休みを過ごしていた息子が関西の下宿に戻った。私と神さんはこれに全然慣れていない。20年間うちにいた息子が、一時的にではなく、休みのような例外をのぞいては、ずっと家に居なくなる、ということの実感が湧いていないのだ。...
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