2012年10月4日木曜日

第8章 脳の配線異常としてのイップス病-心理士への教訓

  イップス病について脳科学的に知ることで、臨床家としてそのような訴えへの接し方が違ってこないだろうか?少なくとも私はそうだった。というより、イップス病に限らず、あらゆる精神科的な疾患について同様のことが言える。それらの脳科学的な根拠を知ることで、それらが「本当の病気」(当たり前の話だが)であり、患者たちは改めて、それに苦しんでいる犠牲者であるという理解を促す。するとその訴えにより素直に耳を貸すことができるようになる。というアドバイスしたくなるが、さすがにこれは無理である。)
 イップス病を知らないとしたら、私たちは「緊張すると手が震えるんです」という来談者の訴えに、私たちは「練習を繰り返せば何とかなるでしょう。」とか「がんばって経験を積めば、度胸がついて震えるなんていうことはなくなりますよ。」などと言いそうになりはしないか?さらには「手が震えることで演奏できなくなり、コンサートに出ることを回避できるという意味があるのですね。」というような解釈めいたうがった見方をしそうにならないだろうか?
 慣れないから緊張し、手が震える → 慣れればそんなことはなくなる、という常識。おそらく軽い震えについてはそれでは何とかなる。大部分の震えの訴えに対しては、「そのうち慣れますよ」で済むのである。しかし深刻な震えはそうではない。練習すればするほど悪くなることがある、というところがイップス病の恐ろしいところである。これは怪しいと思ったら、専門家に送ることが肝要である。でもそのためには、とにかくイップス病という不思議な病気のことを知っておかなくてはならない。さもなければ、患者の訴えを本当に聞くことにはなれない。

   一般に「患者の訴えに虚心坦懐に耳を貸しなさい」という教えよりは、「個々の病気を知りなさい」というほうがより現実的である。病気を知ることでそれが「気のせい」ではないことがわかる。ただしここの病気を知ることにはそれだけ時間もエネルギーも必要となる。(もっと言えば、患者の訴えを受け止められるようになるためには、「個々の病気に自分がなって見る必要があります」その意味では脳の専門家になる必要はないが、「脳科学オタク」くらいにはなっておくこと。心理士は脳科学の専門書を紐解く必要はない。脳科学オタクに毛の生えたようなレベルの私が書くこの本程度でも結構役に立つものと自負している。