岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist
精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる
2026年4月12日日曜日
バウンダリー論 推敲の推考 14
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この部分はかなり修正をした。 3.バウンダリーの概念の深化と「治療的柔構造」 渡米してからの臨床経験を通じて知ったことは、それまで持っていた「治療においてバウンダリーは守るべきものである」という考えと現実との大きなギャップであった。臨床においてバウンダリーはしばしば、それも...
2026年4月11日土曜日
バウンダリー論 推敲の推考 13
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実に不思議なことだが、あれほど迷走したバウンダリー論だが、ようやく収束してきたのである。締め切りまで3週間を切っているので本来はこの頃にはもう眼鼻はついているはずだが、これも結局そうなった。しかしかなり不本意で、まとまりのないエッセイという自覚はある。むしろ書かない方が紙の無...
2026年4月10日金曜日
バウンダリー論 推考の推考 12
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5.バウンダリー上では遊びが生まれ、トラウマも生まれる これまで検討した私たちのバウンダリーの体験は、緊迫感をはらんだ綱渡りの様に感じた方がいてもおかしくないだろう。個人の中ではそれを超えるか超えないかの葛藤(ホフマンの言う「弁証法」)が生じている。そして二者の間で成立して...
2026年4月9日木曜日
バウンダリー論 推考の推考 11
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4.治療におけるバウンダリーの本質 上の精神分析の例は何を示しているのか? それは2時という治療開始時間が明確にバウンダリーとして存在することで、それをめぐる患者と治療者の間のやり取りやダイナミズムが生じるということだ。これは「2時ぐらい」という大雑把な開始時間の場合にはな...
2026年4月8日水曜日
バウンダリー論 推考の推考 10
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ある患者の精神分析のセッションが、午後2時に開始し、2時50分に終了するという設定を考える。つまり治療時間は2本のバウンダリーにより挟まれていることになる。そして3時までの10分間は治療者が記録をつけたり洗面所を使ったりするための休み時間である。この場合日本ではしばしば患者...
2026年4月7日火曜日
バウンダリー論 推考の推考 9
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1.はじめに-バウンダリーの起源 始めは「バウンダリーの歴史」というテーマで原稿をお引き受けしたが、バウンダリーとはとてつもなく広い概念であり、その歴史にまでさかのぼって論じることは自分には無理と判断した。精神科医であり精神療法及び精神分析を専門とする私としては、バウンダリ...
2026年4月6日月曜日
バウンダリー論 推考の推考 8
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5.バウンダリー上では遊びが生まれ、トラウマも生まれる これまで検討した私たちのバウンダリーの体験は、緊迫感をはらんだ綱渡りの様に感じた方がいてもおかしくないだろう。個人の中ではそれを超えるか超えないかの葛藤が体験される。そして二者の間で成立しているバウンダリーは、それをめ...
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