岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist
精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる
2022年10月7日金曜日
神経哲学の教え 5
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解離新時代(岩崎学術出版社 , 2015 )に書いたショアについての記載、今でもとても役立つ。以下に抜粋。 ショアの主張は、愛着トラウマは具体的な生理学的機序を有しているということだ。母親に感情の調節をしてもらえないことで交感神経系が興奮した状態が引き起こされる。そして心...
2022年10月6日木曜日
Multiplicity of the therapeutic action 2.
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Multiplicity and neuroscience One thing which really impresses me is that there seems to be a general trend that many psychoanalytic ...
2022年10月5日水曜日
神経哲学の教え 4
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DMN は他者である。すると一つの問題は DMN はどうしてストーリーを作り上げ、曲を作り上げることが出来るのか? あたかも意思を持った人間のように。ちなみに DMN はある特徴を備えていて、 20 歳代でその創作の才能は上限に達して、それから低下していく。これは神経線維の...
2022年10月4日火曜日
神経哲学の教え 3
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ところでノルトフが 135 ページ目あたりで述べている点はとても大事である。彼はうつ状態において、正中線領域(つまり DMN )の活動が高いだけでなく、正中線外領域は過剰に低下しているという。つまり外に反応することが出来ずに、内側にこもりっきりであるということだ。つまりは D...
2022年10月3日月曜日
本を読むこと、本を書くこと 推敲
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臨床における本との付き合い方 まず人生において「出会い」 ( つまり程よい、場合によっては強烈な刺激 ) が必要であるとするならば、人との直接の出会い(友人として、あるいは指導教官、教師としての)と本での著者との出会いは、皆同等と考えることが出来ます。映画だってインパクト...
2022年10月2日日曜日
本を読むこと、本を書くこと
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臨床における本との付き合い方 まず人生において「出会い」 ( つまり程よい、あるいは強烈な刺激 ) が必要であるとするならば、それは人との出会い、講演や講義を通しての教師や演者との出会いも本との出会いも、皆同等と考えることが出来る。映画だってインパクトがあるし、最近では動...
2022年10月1日土曜日
神経哲学 neuro-philosophy の教え 2
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この揺らぎの問題がいかに重要かについてはいくつかの脳科学的に重要な所見がある。それは揺らぎの大きさ、それも自己関連付けの情報に対する反応の仕方が、そのまま意識の確かさ、生命さを裏付けているということである。十分に生きている、意識を有しているということは、それ自身が揺らいでいる...
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